調理用バナナ


 ご近所の大きなスーパーに出向いたら、青い大きなバナナが積まれていた。
「エクアドル産 調理用バナナ」と書いてある。
 これがあの有名な、と思った。

 南のどこかの国では、バナナはおやつではなく、主食の一種として食べられているらしい、と聞いていた。
 あの甘みについても、熱を通すと弱まる、ということは、カレーに入れてみた経験から知っていた。だから、その気になれば、米や芋と同じ、デンプンとして扱うことができるのだろう。
 主たる調理法は「焼きバナナ」というものであり、たき火の中に埋めて蒸し焼きにしたりするらしい。
 うまいのかどうかはさておいて、いつか食べてみたいものであるなあ、とぼんやり考えていた。

 そのチャンスが目に前にある。
 そこで、自分はその青い大きなバナナを即座にゲットした。


 数日が過ぎた。

 手が出ない。
 買い物で仕入れた食べものが他にあるので、そちらを食べていると、どうもバナナは台所で放置状態である。これはあまりよろしくない。
 視線をとめても、そこから先に手が伸びない。
 見慣れない食べ物について、自分の心が畏れているらしい。
 どうしたものかと思った。

 また、あまりに青かった。押してみても堅かった。
 バナナであれば、ある程度熟成させたほうが味は良さそうな気がする。しばらく放置しておけば、自然に熟して行くのではないか、という希望的観測もあった。

 そうして数日を経るも、まるで変化がない。何かの薬品処理がなされているのかもしれない、という気もした。
 しかしながら、この調子でいつまでも放置しておくわけにもいけない。

 そこで 熟成をあきらめて、意を決して実際に手をつけてみることにした。

 まず半分に切る。意外なことに、はっきりした手応えがある。皮が固い。身も固い。断面を眺めてみる。普通のバナナと異なり、 微妙にピンク色である。
 断面をなめてみると、驚くことに実に渋い。これは相当に きちんと熱を通さないと厳しいだろうと感じた。

 次に、皮を剥こうと試みる。 果物バナナであれば手でツルツルと剥けるところだが、調理用の品種はやはり大変に固く、 そんな真似は到底出来そうにない。そこで、包丁で皮をざくざくとこそげ 落とした。なかなかワイルドであり、とてもバナナとは思えない。「中身の詰まった生っぽい竹の仲間」である。

 フルーツとしてのバナナとは別な性質のものなのだ。
 おそらく、野生状態のバナナはこれに近く、むしろ普段食べているフルーツのバナナが、激しく品種改良されたものに違いない、と直感した。

 剥き終わると、肉を焼いているフライパンの中に、 数ミリの厚さに切ったバナナを投入する。肉と共に焼いてしまおうという 試みである。

 熱を通すとバナナは次第に濃黄色にかわり、透明感が出てくる。 裏表をきちんと焼き上げ、つぶし、全体が透き通ってきたので微妙に塩などを ふって終了する。

 味である。
 まずそもそもが基本的にデンプンである。 したがってここからわかるように、癖がない芋のようなものであった。また、 調理用と銘打つだけあってバナナ固有のあの甘みもない。肉と一緒に焼いたため、 肉の汁を吸い込み、ほくほくとした柔らかい芋の印象である。さすがにバナナ だけのことはあり、芋よりも粘りが感じられる。

 しばらくして、残りをバナナ単独で火を通してみる。黄金色に透き通るが、やはり芋的食物である。粘りがある。それ自体にほとんど味はない。塩をふれば塩味に、醤油をかければ醤油味になる。素直なことこの上ない。


 前振りが長かったが、食べてみるとこんなものである。
 こういう食べ物がある、ということはわかった。
 おかずか主食か、といえば、ときに応じておかずにもなり、主食にもなりそうだ。

 日本において普段の食卓に乗るかどうかはさておいて、それなりにおいしい食材ではないかという気がした。

 おそらく、油との親和性は高い。だから、もっと油を多くして、天ぷらやフライ、素揚げ、バナナチップに加工するような調理法をすれば、さらにおいしくなる可能性はある。
 一人暮らしだと、なかなかそうした油をたくさん使う調理はしにくいが、一度 くらいは試してみても面白い。

 もう少し考えると、もしかすれば、普通に売られているフルーツバナナも、実 は油を使って調理すればおいしいおかずになるのかもしれない。

 バナナは存外にまだ奥が深い食材なのだろう。


 とは言うものの、今あらためて、この青いバナナがもう一度スーパーで売られ ていたら、買うか、と問われると...価格次第ではあるものの、微妙だ、と思う。

 その理由は、他でもない、あまりに芋っぽいので、そのまま芋でほぼ代用 できるからなのであった。

 世の中難しいものである。


<完>


初出 本稿 2003/03/25
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