広島へ行くの記


 いつものように学会の広島記録です。
 いいかげんなことがたくさん書いてあります。


西方浄土へ

 2002年度、今回の学会は広島であった。

 広島はとても遠い。自分はこれまで西方向には宝塚まで行ったことがあるのだ が、それより遥かに西なのである。

 学会というのは、たいてい東京近辺と地方を行ったり来たりしている。昨年は筑 波であったので、これを便宜的に東京近辺とみなし(いささか位置的には疑わし いが)今年はその反動で?広島と相成ったらしい。

 自分はまだ中国地方に行ったことがない。どんなところなのか、よくわからな いと思った。

 原爆ドームの下、暴走族が街中を埋めつくし、武闘派ヤクザが仁義なき戦いを辺り一 面に繰り広げながら、一般市民はお好み焼きを食べつつ冷静に広島東洋カープの応援を しているのではないか、という漠然とした印象があったが、しかし定かではなかっ た。


第1日

 日程を眺めると、自分の発表は初日の午前9時半からである。当日出発ではと ても間に合うまい。
 ということで、前日の昼に大学で適当に後始末をした後、おもむろに出向いた。

 多少の情報収集はしていた。とはいえ、検索エンジンで「広島 カプセルホテ ル」と「広島 カレー」と入れて調べるだけである。
 カプセルホテルは街中に妙に安いところが一件、カレーはやはり街中に2店舗 が引っ掛かってきた。取りあえずそれらの地図をプリントアウトしておく。おそ らく出向いてみれば現場でも見つかることだろうと考えた。


 なんとなく乗ってみた割には、名古屋で一回乗り換えるだけで、するっと広島 に到着する目算が立つ。
 名古屋駅ではかっこいい新幹線を眺めた。銀色のロケットのようなも のと、白いカモノハシのようなものだったが、先頭車両で待っていた自分はいず れもまじまじと眺めることができて少しよかった。
 自分はカモノハシにまたがって時速350キロで西に向かって移動していった。


 名古屋から広島までの途中の行程は、実はこれまで読んでいなかった“眉村卓 「消滅の光輪」”に没頭していたためにほとんど憶えていない。
 これが妙に面白く、のめり込んでしまった。以前学生時代に取り組もうとして いたときには、どうにも根気が続かずにやめてしまったのだが、なぜか今回は面 白かった。自分は少し歳をとってしまったのかもしれないと思った。


 広島駅に降り立ち、駅前を見渡す。路面電車がいい感じである。
 左側に本屋が見えた。自分はさっそくそこに足を向けた。
 カレー屋・カプセルホテルの現地情報などをゲットするためである。
 大きな複合書店で、上のほうにはCD屋、ゲーム屋、ゲームセンター、そして古 本屋まであったりする、よくわからない商売である。その入口で「広島グルメ本」 の類を眺めてみる。すると、どうしたことか、これからまさに向かおうとしてい たカレー屋は「月曜日定休、ただし月曜日が休日の場合には翌日が休み」となっ ているではないか。その日は9月24日火曜日、前日は9月23日月曜日“秋分の日” である。
 いきなり出鼻をくじかれたわけだが、取りあえず自分はその複合書店の上から 下までを制覇し、CD数枚とカレー関連古本一冊を購入した。

 さて、夕飯にカレーの線はなくなったが、宿にはたどりつかねばならない。地 図を眺めると、それは街中にある。幸いにも市街電車がその近所まで走っている。 それほど歩かずに済みそうだった。
 路面電車は街中をゆっくりを進む。赤信号で止まる電車というのも新鮮である。 適当であろうと考えられる駅で降りると、いきなり大通りの中央に降り立つ。こ れもまた楽しい。

 さて、宿も必要だが、それ以前に飯である。カレーでなければここは名物「お 好み焼き」以外にはありえまい。
「胡(えびす)通り」をしばらく歩く。ものすごい客引きでいささかげんなりす るが、気にせずてきとーに進むと、「お好み焼き」の看板がある店を発見する。 中を見ると、そこそこ客がいる。入ってビールと「広島お好み焼き」を頼む。
 で、実のところ、あまりピンとこなかった。どうしたものか、名物とはそうい うものなのか、という感じである。
 しかしそれはそれでよいだろう。


 その後、迷いながらも、情報通り、2300円という破格のカプセルホテルをかろ うじて発見し、客引きの厚い弾幕をかわしつつ突入に成功する。

 風呂は一つ、4人も入れば満員の小さなサウナつき、というところだが、問題 はない。ロッカーが小さい(というか、薄い)ところがやや困ったが、荷物をバ ラして何とか詰め込む。特筆すべきは、内部の自販機の価格が、外部とまったく 同じ金額であることだろうか。これはありがたかった。「風呂上がりの牛乳」が できるのも嬉しいものである。

 風呂から上がり、勝手についているテレビを気にしつつ、休憩室で「消滅の光 輪」の続きを読む。

 テレビでは巨人が優勝しようとしていた。5時間を越える長いゲームだったら しく、11時を過ぎてもまだやっていた。最後は暴投サヨナラ負け、というところ ではあったが、それでもなぜか巨人は優勝していた。世間とはそういうものなの らしかった。

 そういった場面で「消滅の光輪」を読み終える。
 なかなかすごい話だった。
 からくりは途中から読めたが、そんなことは関係なく、大きな話だった。ああ いう話を書ける人は、これまでも、そしてこれからも眉村さんしかいないだろう。 「ロボット官僚」というアイデアはよいと思った。一人の「司政官」だけが判断 を下し、その周囲を数千、数万のロボットが囲んで、一つの世界のあらゆる管理・ 政治を行う。戯画的で、そしてある意味では理想的でもある。途中に出てきた、 司政官を数千のロボットが囲んでの行進、というのはいつか映像化してみたいも のだと思った。

 テレビでは、原監督がインタビューを受けている。が、負けて優勝ではいささ か納得できなかったろう。言葉も微妙に歯切れが悪い。

 読み終わって、いろいろ考えて、それも飽きてきたので寝ることとした。カプ セルに向かう。カプセル自体も普通で(季節のためかもしれないが)暑くも寒く もなく、快適に過ごした。
 静かに眠る。


第2日

 二日目、というよりも、本番初日である。

 朝風呂、朝ヨーグルトを行い、宿を出る。7時過ぎである。発表は9時半から だが、場所が東広島の西条というところのキャンパスである。時間の予想がつき にくいので、やや早目に出発した。

 朝からぽつりと立って声をかけてくる客引きを例の如く無視して、路面電車で 広島駅へ、山陽本線で西条駅へ。西条駅からバスで広島大学教育学部へ。なかな か昔の筑波を思い起こさせる土地である。

 予約参加証を名札と交換し、やや早く着いたので、途中で買った握り飯を食べ、 ポスターを貼り付ける。そうこうしているうちに時間がくる。

 9時半。戦闘開始。

 とはいえ、ポスター発表なので、まったりとしてはいる。そのうち知り合いが やってきて話をしたり、お客が来たりしている。思ったよりも賑わっているよう な気がする。もっとも、同じテーマの発表をこれでもう6回しているので、いさ さか新鮮味に欠ける一方で、固定客がついてきたのかもしれない。
 休みなく説明をしていると、12時になろうとしている。自分自身が見たいポス ターもあったので、客の切れ目に急いでそちらに出向いて情報収集を行う。
 12時に終了である。さすがに立ちっぱなしは疲れた。

 昼は、せっかくなので大学食堂へ。知り合いの先生方と一緒になる。私は当然 カレー。普通のべたべたカレーである。


 午後はポスター発表を見て、それからワークショップへ向かう。タイトルに期 待していくと、実は知り合いの発表だった。満席で立ち見である。しばらく聞い ているが、「?」状態になったので、しばらく部屋を出て足を休める。しばらく すれば面白い話をしてくれるか、と思い、戻ってみると相変わらず「?」である。 あきらめて外に出てポスター会場に戻る。

 夕方からは「嘘発見」のワークショップである。いろいろと面白い話を聞いた ような気がするが、実は疲れていた。しかしいろいろな指標があるものだと感心 したのは憶えている。おそらく、実験でいろいろなデータを取っておいて、主成 分分析でもかけてみて、複合指標を構成したほうが、より鋭敏な検査ができるの ではなかろうかという気がする。


 夕刻、西条から広島へ。
 今夜こそ目的のカレーである。
 地図をたよりに進むが、相当に詳しい地図があるにもかかわらず迷う。迷う。 迷う。途中でおもわず古本屋など見つけてしまうくらい迷う。しかし最後にはつ いに発見する。
 カレーは、果物が含まれたやや甘めのさらさら感のあるルーで、客が辛さを注 文できるようになっている。チキンがなくビーフだけだったが、もしかしたらベー スは業務用の缶かもしれない。しかし、あっさりした味でよい。大盛りにすれば よかったと思った。

 食べ終わり、宿へ向かう。
 9時半過ぎである。
 今夜は、昨夜見つけた広島駅前のサウナにしようと考える。複合書店の目の前、 焼肉屋の上にのぼると怪しい感じのカウンターと親父がいた。とりあえず1泊 2000円であるので決定し、説明を受ける。特に問題はない。ロッカーも広く、風 呂もサウナも普通に広い。先頭の10数名は二段ベッドの仮眠室が利用可能である が、親父さんに案内してもらって割り当てをもらわないと使えないので注意しよ う。

 サウナに3回ほど入り、体を温め、上がると休憩室で「時代劇マンガ」を眺め、 その無茶ぶりに感動する。どのくらい無茶かといえば、江戸まで数百里をたった 一人でひた走るように命じられた飛脚の運んでいたものがただの将棋の手だったり、 あるいは己の一物を俵に突っ込んだりして鍛えているのだが、それがなんのため に行われているのかの説明は一切なく、かつその「捕り物帳」のストーリーにも まったく絡まず、読者は完全に置いてきぼり状態なくらいである。この無茶っぷ りはもはや芸の領域かもしらんと思った。
 仮眠室の二段ベッドもこれといって問題なかった。


第3日

 三日目の朝である。

 どういうわけか早く目を覚ましてしまう。仕方なく朝風呂に出向く。
 5時過ぎであったようだ。その後もう一回眠りかけるが、これが中途半端になっ てしまった。
 8時過ぎに宿を出て、駅のコインロッカーに重い荷物を預けてしまう。


 さて、西条駅から大学までのバスがこんでいて座れなかった。いっそのこと次 のバスまで待とうかと考えたのだが、しかし待っている間もどうせ立っているの である。それならその間移動していたほうがメリットがあると判断したのだが、 しかしそれはさておいて、これはダメージが大きかった。この日はこのダメージ のおかげで厳しい一日となった。

 例の如くポスター発表である。いくつか回る。が、足の痛みに耐えられずに隅 の椅子で休息している。なかなか立ち上がれない。休む、回るを何回か繰りかえ す。すっかり疲れる。
 これはまずい。
 実は2か月ほど前から医者に通って、毎週毎週、足に毎回炎症を止める注射を してもらっていた。それがほとんどといってよいほど効果がなかったことがわかっ た。その心的ダメージも大きい。


 昼前に荷方君と出合う。そこで喫茶店にカレーを食べに行くこととした。途中、 彼が得意とする「カツ丼」談義などしながら『やっぱり料理関係は柴田書店です よね』などという会話をこなす。
 カレー自体は普通であり、どことなくハインツの業務缶を連想させた。

 午後はやはりポスターを回るが、やはりダメージが残っており、早目に引き上 げる。
 ところが、バスが来ない。20分ほど待ち、ようやく来たように思うが、違うバ スでがっかりする。さらに待つ。
 途中からは横の石垣に座り込むが、しかししんどい。ようやくバスが来たので 乗り込み駅に。駅から駅に。
 しかし宿に行くにはまだ時間的に早い。


 日本人の義務として「原爆ドーム」に行くべきか、と思ったが、どうも気が進 まない。思わず東急ハンズに。ついでだと思い、大きな麻雀牌を探すが、あった ものの、しかし高い。2万円もするのはどうか。その代わり、ピンクの背の牌が あった。極めて私的に開発している「某キャラクター麻雀ゲーム」にはこのよう な色彩が望ましいと思い、悩む。しかしここでも12000円という値段が問題とな る。どうしたものか本気で悩む。が、「重そう」「買うなら通販でもよい」「広 島土産としてはいかがなものか」「ボーナスが出たら考えよう」などの思考によ り、却下した。

 その代わり、レポートを見るのに使えそうな「大変よくできました」のハンコ と、ウイスキーの樽を使ったとされる木の軸のシャープペンシル、このメモを取 るための小さなメモ帳などを購入する。


 さて、夕飯について考えてみたが、思いつかず、それでは昨日のカレー屋にも う一度出向いて確認作業を行うべし、と考えた。しかしながらまたまた迷う。今 回も、昨日とはまた別の古本屋を見つけてしまうくらい迷う。

「とそこでいきなり想定していなかったカレー屋に遭遇する。神様はいるものだ。
「インド薬膳カレー」である。
 間髪入れずにin。
 こういうところがかかってこないのがインターネットの弱さである(実はあと からよく探せば見つけられたのだが)。
 よくわからないし、おそらく二度と来ることはできないだろうから、奮発して 2000円のセットを頼む。
 タンドリーチキンが届くが、これにつけて食べるように、と緑色のペーストが ついてきた。どうもコリアンダーリーフとミント、そして青唐辛子のペーストら しい。これがなかなかさわやかでかつ辛くてよかった。トマトスープには微妙に 癖があったが、それはそれでよかった。ほうれん草のカレーは一般的なものであっ た。ガーリックのナンはよかった。やや量が多かったが、それは当然である。満 腹になって店を出る。
 こういうことがあるので街中を自分の足できちんと歩くべきなのだ。

 途中見つけておいたコーヒー屋でチャイを飲んで落ち着く。

 店を出ると雨模様になっているが、なんとかなる程度である。
 宿は昨夜と同じ、駅前とする。が、その前に正面の本屋で「とりみき・田北鑑 生「ダイホンヤ」」を購入。宿で風呂から上がって読んでみる。まずまず。続きが 読みたい。昨日の今日で、なんとなく「書店管理官」と「司政官」がダブってみ える。しかし、高橋の最後は少し気の毒であると思った。

 そういえば、風呂の中に、肩のあたりに微妙に青緑色の模様がある人がいたよう な気がしたが、私は目が悪いのでよくわからない。

 日が変わる前に眠りに行く。今夜の仮眠室は二段ベッドの上のほうで、かつ窓 際である。開け放した窓のすぐ外のネオンがギンギンに輝く、その窓際である。
 しかし、反対を向いていればどうということもなく、その晩は朝まですやすやと 眠る。


第4日

 最終日、同じ行程をたどって広島大へ。せっかくなので駅でアナゴの駅弁を買っ て昼に備えることとした。ついでに帰りの新幹線の予約もしておく。

 電車・バス共に座れたのはありがたかった。
 まずはポスター発表を見て回ると、本日は書籍の販売コーナーへ向かう。
 とにかくこういうときに本を買っておかないと、講義に使える参考資料が手に 入らないのが実情である。しかし、買い過ぎると重くて持って帰るのが大変であ る。
 と思いつつ、両手で支えるのがやっとなほど買い入れてしまう。しかし、幸い なことに送ってもらえたのであった。ラッキー。

 もう一度ポスターを眺めていると、以前の職場の方から、新しく立ち上げる研 究会の発足会に誘われる。良いかもしれないと思い参加する。アナゴ弁当を食べ つつ話を聞いたりしている。
 結果的には、まずは顔合わせで、なにかできるようになれば面白くなるだろう、 と思った。


 さて。
 ほぼ見るべきものは見たし、話すことは話したし、食べるものは食べた。
 学会を終えて帰ることを決める。
 学会の出口で、展示していた広島の銘酒を2本買い、送ってもらうこととする。

 と、出て行くと雨が降っている。やや悲しい。
 そこで「こんなこともあろうかと」これまで長い間ひそかにかばんの中にあっ た「ビニール製ポンチョ」を発動させる。しかし、これは広げた姿はあからさま に“ただのビニールの透明ゴミ袋”であった。おもわず一度しまいかけるが、一 度広げてしまうと二度としまうことは想定されていない潔いシステムらしく、空 しさを感じつつ着用する。
 やはり「ビニール袋を頭から被って、首だけだしている困った感じの人」であ る。自分は現在35才である。どうしたものかと思う。ちなみにどうでもいいこと だが、ナポレオンは35才で皇帝になったのである。同じ35才だというのに、ナポ レオンは皇帝で、自分はビニール袋を被った人である。いくら「これは実は雨用 のポンチョなのである」と言い訳しても、そう簡単には埋まらないくらいのギャッ プである。

 バスの中では粕川君とコンピュータ談義などをする。今まさにサーバの切り替 えの作業中で、その種々の面倒くささは自分にも実感できる。いろいろありそう だが、がんばってほしいと思った。
 続いて、西条駅で森さんと出合う。をを、と思いつつ車中歓談。いずこもとて も大変だと思う。そのまま森さんと広島駅のお好み焼き街へ。とてもよい。最初 からここにきていればよかったと反省する。刃牙談義など、いろいろと話が弾む。 続いて喫茶店で茶などのみ、駅前で別れる。

 ロッカーで重い荷物と感動の再開。あまりの重みでへなへなする。次からは車 付きのものにしようと思うが、しかしそうなったらなったで、こうしたロッカー には入りにくくなるし、カプセルホテルのロッカーはなおさらである。どうした ものかと思う。折り畳めるふにゃふにゃしたかばんで、なおかつ下に台車がつい ているようなものを開発しなければいけないかもしれない。

 駅で土産を買い込む。レトルトの「牡蛎カレー」を忘れてはならない。

 広島7時前発の新幹線で名古屋へ(ここで「if ういろうがそこにあれば then それを 購入する」という条件文のif節の値が“真”となり、ういろうが購入されるとい うイベントが発生する)、そして乗り換えて浜松へ。BSDマガジンを眺めたり、このメ モをとったりしたりするうちに時間が過ぎる。浜松行きのこだまはこれが最終で あった。ぎりぎりだ。駅ではもうバスがないのでタクシーで大学へ。

 日が変わる前に何とか研究室につく。お茶とういろうを飲み食いし、購入した CDを聴き、184通のメールを眺め、日記を書き、眠くなってきたので帰ることに する。


 もう新学期だ。いろいろなんとかせねば。



<完>


初出 本稿(2002.10)

go up stair