警告



 わかってくれ。僕は君達と争うつもりはないんだ。
 僕は君達に警告をしにこの星にやってきた。この程度の攻撃の効果が無いことは、君達自身が一番わかっているんじゃないのか。だから、もうやめてくれ。
 君達に危害を加えるつもりはない。そこだけはわかって欲しい。たとえこんな外見になってしまっても、僕は自分の心を失ってはいない。僕は、ただ一言君達に警告をしに来ただけなんだ。自分の命を懸けて。だから信じて欲しい。そして、少しの間、静かに僕の言葉を聞いてくれ。それだけ、それだけでいいんだ。
 安心してはいけない。
 信頼しすぎてはいけない。
 なぜ彼らが君達を守ってくれると思うのか、そのところをもう一度良く考えてみて欲しいのだ。
 そうだ、あの“彼ら”のことだ。
 どうしてあの“彼ら”が、なんの見返りも期待せずに、君達を守りにやってくると思えるのか。冷静に考え直して欲しいのだ。
 ああ、その伝説は僕も聞いた。
 君達の中の一個体を“彼ら”が誤って殺してしまった。だから、“彼ら”はその償いに、その死んだ個体の代わりにこの星で生活し、そしてこの星を守る、というやつ。美談だね。よくできているよ。そして、僕の星のものとまったく同じだ。
 だが、どこか妙な気がしないだろうか。
 たとえば、君が“彼ら”の立場に立って考えて欲しい。君達が見知らぬ土地に行き、そこの未開の原住民と接触し、相手が勝手に死んでしまった。そういう事態に陥ったとき、君ならどうする。
 死んだ相手になり変わって、その土地で暮らしたりするだろうか。
 どこかおかしいだろう。
 それだけじゃない。“彼”個人ならまだしも、“彼”の一族、“ファミリー”と称するあの連中が、次々と遠くからやってきて、同じように君達の星を、いや、君達の街を守ってくれる。おかしいと思わないか。なぜ“彼ら”は、そこまでして君達にこだわるんだろう。
 考え方を変えれば、君達のいうところの怪獣、異星人といった存在が、君達のところにやってくる理由は説明できる。君達の星は美しいし、有効な資源もまだまだ手付かずで眠っている。君達という労働資源もある。それらを奪うためにやってくるわけだ。少なくとも、君達は敵をそう理解しているのだろう。
 怪獣達は、ほぼ定期的に君の星にやってくる。そして“彼ら”によって倒される。君達がどんなに努力しても倒せない敵を、“彼ら”はわずかな時間で倒してしまう。君の星、いや、君の街の平和はそのようにして“彼ら”によって守られている。もう、“彼ら”なしではやっていけない。そして、それがごく当たり前のことになっている。違うかい。
 その当たり前が命取りになるんだ。
 何事も、世の中でただというものはない。宇宙においても、君達が気がつかないだけで、激しい経済的な制約が高等生命を支配している。“彼ら”もその例外ではない。いや、むしろ生命体として高度に発達し、その結果として複雑な社会構造を構成するようになった高等生命体ほど、そうした制約に厳しく縛られる。
 確かに、ちょっと見た限り“彼ら”は何も消費していないように見える。空を飛ぶのも何気なく行っている。しかし、なにも消費しない生命体などあるはずがない。単に君達とスケールが異なりすぎていて、見えないだけなのだ。
 そう気がついたときは、すでに遅かった。
 あるとき、突然に“彼ら”は、僕らの国の政府に請求書を突きつけた。
 “彼ら”がそれまで行っていた国土の防衛に対する費用をよこせ、というわけだった。その金額は、僕らの貨幣単位に直して国家予算百年分に近かった。
 僕達はやっと気がついた。僕らは引っ掛かった。“彼ら”にはめられたんだ。
 僕達は、不服があったら提訴するという宇宙裁判所にすらたどり着くことができない。当時の僕らの星には、それだけの技術力はなかった。“彼ら”はそれをよく知っていた。
 やられたんだ。
 僕達の防衛組織の内部に食い込んでいた“彼ら”によって、いつのまにか“彼ら”と僕らの国との間で正式な契約書が取り交わされたことになっていた。そうして、これらの支払いは滞りなく行われること、とされていた。期限までに支払いがなされない場合には、差し押さえを行う。実力で。
 僕の国はパニックに陥った。
 だが、そんなことは、それから先に起きたことに比べれば、どうということもなかった。
 そうだ、あれに比べれば。そして、そのあとのさらに悲惨な展開に比べれば。
 僕らの国が破産したというその知らせを、僕はたまたま出かけていた外国旅行の途中で耳にした。
 そして、その故郷の国でさらに何かとんでもないことが起きた、ということの噂を聞いた。
 不安に寄り集まった同郷人達の中で、あの画像を見た。
 こんな姿になった今でも、僕はあの画像を忘れられない。鮮明に脳裏に焼き付いている。あの衝撃は僕の心の中から消えることはないだろう。
 不思議な光景だった。
 “彼”が中空に小さくぼんやりと浮かんでいる。その彼の下には大穴があいている。その周りは地面がむき出しのままで、瓦礫のようなものが辺り一面に飛び散っている。ひどい荒れ地だった。初めはどこか他の星の映像かと思っていた。
 上から見下ろした映像で、どうも衛星軌道からの光学観測か、あるいは高々度偵察機からの超望遠画像らしかった。“彼”の影が彼の足の下、大きくえぐられたクレーターのような穴の底にぽつんと落ちている。ほぼ真上からの夏の光を浴びて、ややうつむき加減の“彼”の顔は陰になっていてうかがえない。相当な熱気があるのか、静止しているはずの“彼”の姿は激しく揺らめいて見えた。カメラが大きく引き、ものすごい量の煙と塵が舞っているのがわかった。“彼”の姿は、その煙の中でかすかに輝いて見えた。
 それが何の映像なのか、よくわからなかった。僕の聞き取れない早口で解説が続いている。周囲の人々が絶望の叫びを上げる。
 その映像のリプレイで、画像の片隅に映っているゆがんだ鉄骨のトラスのようなものが、故郷のシンボルであった“タワー”であったことに気がついたとき、僕の中で何かが変わった。
 甘すぎた。
 単に宇宙レベルで甘かったなんてものではない。それどころか、自分達の星の中でも、自分達は特に甘かったんだ。他の国が彼や“彼ら”をどう見るか、をまるで考えてこなかった。いつでもそういうものだが、気がついたときには遅すぎた。
 その結果があの映像だった。
 “彼”および“彼ら”は、僕らの国以外にとっては端的に脅威だった。それはそうだろう。次々と来襲する強大な宇宙生物を次々と撃破する謎の宇宙人。一匹だけでも大変だというのに、その撃破数はのべ数百匹にも達する。しかもそれが、どういうわけかある特定の国だけを守ってくれる。もちろんそれは、どういうわけか僕達のところにだけそうした怪獣達がやってきたからなのだけれど、しかしそんなことは関係がない。“彼ら”は僕達の守護者であり、他の国のそれではない。他にそんな攻撃を受けて持ちこたえられる国は存在しない。反対にとらえれば、僕ら以外の国からは“彼ら”は強大な仮想敵とされていたはずだ。
 いま思えば、それだけでも十分に危険な状態だった。しかし、“彼ら”はあまりに強く、有効な攻撃方法すらつかめていない状態では、あくまで仮想敵として戦略の中に組み込まれるにとどまっていたはずだ。
 しかし、その“彼ら”はついに牙をむき出しにした。当然次のターゲットは自分達になる。他の国がそう考えるのは自然だ。
 この星共通の敵。
 そうだ。
 “彼ら”をこの星から駆逐せねばならない。
 そのためには、一部の犠牲もやむなしとする。
 きっと、ごく自然にこういう流れになったにちがいない。
 彼、および“彼ら”に脅威を感じた“僕達以外”は、“彼”を消滅させようとした。そして、その手段として、まったくの無警告で彼に融合弾を浴びせたのだ。
 今だからわかったことだが、攻撃は世界の様々な地点から行われていた。全ての海から、全ての陸から、全ての空から、数十発、いや、おそらく百発近い融合弾が“彼”一人に集中した。
 一発で一つの地域を壊滅させることのできる攻撃が、ただ“彼”一人に浴びせられたのだ。
 その結果として、“彼”はなにごともなかったかのように宙に浮いていた。
 それがあの映像だった。
 “彼”の巻き添えで、僕の島国は完全に消失した。救援はどこからもなされなかった。そうだ。世界のどこからも。そういうことだったんだ。父や母がどうなったのか、仲間がどうなったのか、想像したくもない。
 僕らの種族の有する最大の攻撃は、まったく効果が無かった。
 そこからが地獄だった。
 “彼ら”が取り立てをはじめた。
 僕達の星で価値があると思われるものを片端から奪っていった。強奪というより、破壊に等しかった。
 僕の種族の組織的抵抗は、わずか三日で終結した。あとは世界中で生き残りが逃げ惑っているだけだった。
 しかし、抵抗はそれで終わりではなかった。続きがあったんだ。
 先ほどもいったけれど、“彼ら”は、僕らの星の共通の敵だった。それは、僕らの種族ばかりではなく、その星に生存する生物全体の敵だということでもあったのだ。
 このときになって、僕ら種族以外の全ての生き物が、彼を駆逐しにかかった。いや、生き物ばかりではない、まるで、この星そのものが意志を持ったかのように、“彼ら”に襲いかかった。
 あらゆる生物が“彼ら”に向かっていった。どこにいたのかと思うほどの山のような生命が、大小を問わず、住処を問わず、何十億も群をなして“彼ら”に向かっていった。海に落下した“彼ら”には、水中の生物がさらに攻撃を加える。また、雷鳴は明らかに“彼ら”を狙い撃ちしていたし、台風は火山の噴火とともに“彼ら”を攻撃した。
 僕達の仲間はそれに巻込まれて右往左往して死んでいった。
 激闘が続いた。
 宇宙レベルの暴力というものを想像したことがあるかい。決して怪獣プロレスなんてものじゃないんだよ。その星がすべてを向けて闘う巨大なエネルギーと、はるかな宇宙空間を個体レベルで何の装備もない生身で踏破できる超生命体とのぶつかり合いだ。そして、“彼ら”はその暴力のプロだった。“彼ら”は時間をかけて僕の星と闘った。
 そうこうするうちに、僕らは隠れながらかろうじて宇宙に逃げ出すことのできる船を作りだした。信じられないほどの短期間の作業だった。テストなんてできるはずもない。完成させてすぐに、僕らは僕の星から逃げだした。
 むろんどこに行くあてがあったわけではない。あのまま地上にいても死ぬだけだとしたら、かすかに希望を持つ行動を取った方がましだ、という程度の話だった。
 奇妙なことに、“彼ら”は僕らのちっぽけな宇宙船を襲わなかった。
 それがどういう意味をもつのかは、後になってわかる。でも、僕達はそんなことにまで思いをめぐらせる余裕はなかった。自分達の幸運を素直に喜んでいた。
 その次に生じたことは、どんなことでももう驚かないはずの僕らを完全に打ちのめした。
 “彼ら”は、惑星を代表する知的生命体である僕達の種族が星を放棄したものとみなした。そして、結果として僕らの星系には知的生物はいなくなってしまった。その結果、“彼ら”は何を手に入れたか。荒れ狂う惑星本体か。違う。そんなものではなかった。そんなものは、ほんのお遊びに過ぎなかった。そう、実はまだ“彼ら”は本気を出していなかったんだ。
 “彼ら”は、惑星系の中心に位置する主星を“合法的に”手に入れたことになった。そして、その恒星の周囲を丸ごと力場で覆うと、あっという間にどこかに運んでいってしまった。手頃な“中規模エネルギー源”として利用するために。
 重力の支えを失った惑星はその瞬間に勝手な方向に飛んで行き、僕らの戻るところもなくなった。僕らの母星がどこに行ってしまったのか、今に至るまで僕は知らない。事がなんにせよ、僕は甘い希望などというものは捨てて久しい。探し出したとしても、闇の世界で生命が生き延びているとも思えない。
 そういうことだったんだ。
 “彼ら”ははじめからこれを狙っていたんだ。そもそものはじめから。
 平和を守るとか怪獣退治とかいったことが単なる題目だったばかりではなく、その代金の支払いなんてものもどうでも良かったんだ。彼らの狙いはもともとこれだったんだ。
 僕らが自分の星を捨てて出て行くこと。
 これで晴れて“彼ら”は所有者のいなくなった恒星を手に入れることができた。
 そして“彼ら”は姿を消した。
 僕達は、暗黒の空間に取り残された。
 宇宙に出たばかりの僕達が無事に済むはずがない。事故に次ぐ事故、資源の恒常的な不足、仲間割れ、そんなこんなで、逃避は次第に厳しくなっていった。実際にはあれが一番辛い時期だった。自分が何をしたのか、思い出したくもない。
 仲間の残りも少なくなり、もうだめかと誰もが思っていたその時だ。
 僕らに異変が起きた。
 初めはエンジンの放射線洩れや、宇宙線による全身規模の悪性腫瘍だと思っていた。全員が終りを覚悟した。
 しかし、何かが違った。死に向かっている雰囲気ではない。僕は直感的にそう感じ取った。だから、耐えた。
 身体が変化しはじめていたんだ。
 見る見るうちに、僕達の肉体は、宇宙線を防ぐと同時に真空中でも内圧に耐えられる厚い硬い表皮、それを支える頑丈な骨格に作り替えられた.そして、なによりも珪素や鉄の化合物をエネルギー源として体内で元素転換をする代謝系の構成。個体レベルでの宇宙空間の進出が可能な天然の推進装置。それに対応した感覚器官の変化。そうした変身が、まるで計画されたことのように体の内部から強引に生じてきた。遥か昔から僕らの祖先が備えてきた、宇宙で生きるための仕組み。こんなものが短期間に,僕達の内部から発現してきたのだ.
 急速な身体の変形には伴う恐ろしい苦痛をともなう。耐えきれなかった仲間は次々と死んでいった。
 かろうじて生き残った僕達は、自分達の姿を見て悟った。
 これが怪獣だったんだ。
 僕達はやっと脱皮したんだ。
 宇宙で生きていくためには、これくらいの装備が個体レベルで必要なのであり、これまでの僕らはまだ幼生だったんだ。
 そうして、気がついた。
 怪獣の中には、僕達のようなものもいたんじゃないのか。
 “彼ら”にひどい目に会わされて、ほうほうの体で宇宙に逃げていった異星人が。そして、やっと他の星にたどり着いて救いを求めようとしていた異星人がいたんじゃないのか。
 僕達はそれに対して何をしたのか。
 何も聞かずに攻撃を加えた。ただ、“彼ら”が暴れて雄叫びを上げているというそれだけの理由で。“彼ら”の叫びを解析して見ようという努力はなされたのだろうか。あるいは、怪獣と呼ばれる生命体ををきちんと体系的に分析しようという努力はなされたのだろうか。そうすれば、外見がいかに異なろうとも、もともとは自分達と同じような生命体から進化したということが簡単にわかったはずなのに。
 僕達がもともと仲間割れや暴力から逃れられない生き方をしてきたのは認めざるをえない。互いの殺し合いは星全体規模で何十回となく行われ、そのたびに多くが死に、悲しみが満ちた。世代が変わるごとに過去は忘れ去られ、同じことを繰り返す。愚かだとしか言いようがない。いつの世も、自分の仲間以外はすべて敵であり、闘って蹂躪するべき相手なのだ、と。そして、その思考の延長線上に“彼ら”は存在していた。
 そもそも、これだけ数多くの異星人がいて、僕らに友好的な種族がほとんど“彼ら”以外に存在しない、ということがどうしてありえようか。それはむしろおかしいことだとなぜ気がつけなかったのか。そう導いていたのが他ならぬ“彼ら”だったと、どうして気がつけなかったのか。
 僕達は“彼ら”に任せすぎ、結果的に暴力に頼りすぎていたんじゃないだろうか。本当に闘う以外に道がなかったんだろうか。
 そうだろう。
 僕のこの声も、君達には恐ろしい雄叫びとしてしか届いていないだろう。
 君達の攻撃は僕にはまるで効果がない。だからやめるんだ。繰り返すが、僕は君達に危害を加えるつもりはないんだ。僕の敵は、目の前にいる彼だけだ。
 懐かしさすら感じる、あの赤と銀の模様の皮膚。光る大きな二つの目玉。尖った頭。昔の僕達の神様のような端麗な顔。かつての僕達とよく似た姿。そして、今の君達ともよく似たその姿。
 ああ、やっとめぐり合えた。
 長い旅だった。
 仲間は一人ひとり減ってゆき、ついに最後に僕だけが残った。もう僕達の種族は復活しない。あとは一人で滅びを待つばかりだ。
 だが、一つだけまだやるべきことがある。
 そうだ。
 “彼ら”だけは許してはいけない。絶対に許すものか。
 僕達のような悲劇をもうこれ以上繰り返してはいけない。
 だから僕は闘うのだ。こんな姿で、たった一人になっても。
 暴力を生業とする生命体に素人同様の僕が立ち向かうことがどれだけ無謀なことかは、自分が一番よく知っている。それでも、僕は“彼”に向かって全力で突っ走りながら叫ぶのだ。
 聞いてくれ。この星の生物よ。愚かだった僕達の後を追うな。
 そして、どうか僕達の星のことを忘れないでくれ。
 すばらしい、青い美しい星だった。
 その星の名は、地球!


<完>



初出 Cygnet9(1998)
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