クリスマス



「それいそげ、やれいそげ」
 サンタクロースは必死です。とっても急いでいるのです。 何といっても、今夜はクリスマスイブなのですから。クリスマスイブといえば、サンタクロースの仕事も本番なのです。一年中かけて、この日のために準備したいろいろなプレゼントを世界中に配って回らなくてはならないからです。サンタクロースは、プレゼントのほしい子供のいるところには、どこにでもかけつけなくては行けません。だから、こんな東の果ての島国まで、はるばるソリを飛ばしてくるのです。
 雲を飛び越え、ジェット機をあっという間に追い抜かしながら、ソリは矢のように夜の空を滑ってゆきます。今夜は丸いお月様がまばゆく輝いて、雲の上はまるで真珠をちりばめたようです。そのなめらかに光る雲の上に、サンタクロースの乗ったソリが影を落として滑ってゆきます。でも、サンタクロースには景色に見とれている暇はありません。あと数時間しかないのです。それまでに、たった一つ残った島のたくさんの子供達にプレゼントをあげなくてはいけません。
 さあ、見えてきました。あの島です。
 サンタクロースはソリの高度を下げると、雲をかいくぐって町の灯の上を回りはじめました。そしてゆっくりと飛びながら、いつもかついでいる大きな白い袋から、いろいろなものを取り出しては空からまきはじめました。たくさんの枯れ葉、こわれた靴、空き缶、その他いろいろ。いったいどうしてこんなものがプレゼントなのでしょうか。
 でもだいじょうぶ。サンタクロースはちゃんと考えているのです。
 ひらひらと舞っていった一枚の木の葉は、長いことかかって地面にたどりつく寸前に、一人の男の鼻の先をかすめていきました。
「は、はくしょん」
 男の人は、どうしてこんなところに落ち葉がふってくるのだろう、と町の中で夜空を見上げました。もちろん空には何も見えません。ただ、星と雲があるばかりです。そこで、くしゃみをしたその男の人は、どうやらかぜをひいたのかな、それとも今夜は特別よく冷えるのかな、と考えて、足を早めました。すると、そのとき思い出したのです。
 自分の子供が、いつも寒そうに肩をすくめて帰ってくることを。
 その人は、ぼんやりとあたりを見回しました。
 街にはジングルベルが響きわたって、きらきらと点滅するイルミネーションがどこまでも続いています。行き交う人達は、心なしかみんな楽しそうに見えました。
「そういえば、今日はクリスマスイブだったな。」
 ちょうど横を見ると、そこには洋服屋がありました。ショーウインドーの中のマネキンは、ちょうど自分の子供と同じくらいで、そして、首には真っ白な、それは暖かそうなマフラーを巻いています。
「そうだ、あれをあの子に買っていってあげよう。ちょうどいいプレゼントになる。きっとびっくりするだろうな。よろこんでくれるだろう --- そういえば、ここのところ、忙しくてあまり一緒に遊ばなかったな。そうだな、冬休みくらい、一緒にたこあげでもしよう。まず、作り方から教えてあげよう。昔、僕がやったみたいに...」
 男の人は、微笑みながら店に入って行きました。
 これでわかったでしょう。サンタクロースは、子供にはもちろん、大人にもプレゼントを持ってくるのです。いいえ、本当にプレゼントが必要なのは、子供よりも、実は大人なのかもしれません。大人だって、その昔は子供だったんですから。サンタクロースはそれを知っているから、一年もかけて一所懸命考えて、大人にも子供にもプレゼントが行き渡るようにしているのです。
 おじいさんとおばあさんは、遠くの孫からのクリスマスカードが届いたのを見て喜んでいます。一人でさみしくイブを過ごす男の子は、街角で偶然に同じような独りぼっちの女の子と出会います。けんかをしていた人達は、不意に我にかえって仲直りします。もう眠ってしまっている人には夢の中で望みをかなえてあげます。街中に、そしてこの島のすべての街の上に、サンタクロースはそういう贈り物を配り続けました。最後に雲を呼んで、全てのものの上に雪をつもらせて、おしまいです。そうして、瞬く間に、すべての人々はクリスマスイブの夜に幸せになりました。
 これで、やっとおしまいです。
 さすがのサンタクロースも、少し疲れてしまいました。何といっても、たった一日で世界中を旅して回ったのですから。
 さあ、早く家に帰って、私も自分のクリスマスをお祝いしなくては。
 サンタクロースはそう思って、ソリを北極の我が家に向けました。
 透きとおった空に、お月様と遠くの星々がきらきらと光っていて、雲は真珠のようでした。サンタクロースはうれしくなって、宙返りや、きりもみ飛行や、いろいろな曲芸飛行をしながら走ってゆきました。
 その夜空に、ずいぶんと急いで動いて行く一つの星が見えました。それを見て、サンタクロースは気がつきました。まだ一つだけ、プレゼントを配っていないところがあったのです。
 宇宙ステーションの子供達です。それほどたくさんはいませんが、でも、サンタクロースはクリスマスイブに、プレゼントを期待している子供のいるところには、必ず行かなくてはいけないのです。それが、サンタクロースの「定め」なのですから。
 サンタクロースはあわてて空高く走ってゆきました。さあ、間に合うでしょうか。
 それにしても、とサンタクロースは考えました。
 あの月の有人基地や、火星の観測基地にまで子供がゆくようになったらいったいどうなるだろう。いや、それよりも、いまケンタウルスのアルファ星目指してとんでいる宇宙船の植民が、遠いいつの日か成功したとしたら   
 サンタクロースは自信なさそうに考えました。
 そのとき、果たして、私は光速の壁を越えることができるのだろうか、と。


<完>


初出 hotline38(1989)
再掲 Cygnet5(1990)
go upstairs