時はちょっとした近未来.辺り一面情報ネットワークが張り巡らされていて,その複雑さはもはやだれにも把握できない.「いろんなものがデンセンでつながるようになってから,わかってることはますますわかり易く,わかりづらいことはどんどんわからなくなって」きた世の中.
あらゆる情報が金になり,金が情報になる.世の中は情報と金で動く.いつの間にか警察稼業も部分的に民営化され,巨大企業が自社の警護のために作り上げた最新装備を有する警備組織の横で,市警はほとんど旧態依然.
古頼 寒.ジャパニーズ.
どういう成り行きかはわからないが,相棒のじいさんに見いだされて正規の訓練をすっとばして市警に勤める若者.とはいえ,登場当初にはすでに相方であったじいさんは姿を消し,市警でも一人浮いた状態の“はみだし刑事”である.
亜音速で暴走するメトロを偶然目の当たりにして,カンはそのシステムに対するハッキング事件を追求しようとする.しかしシステムは巨大企業の厚いカーテンの中に隠される.上司も追求の熱意などない.
そこに一人の男が相棒として紹介される.
ひょろ長い体躯.目の奥が見えないほどの度のきつい丸眼鏡をかけ,ギャバジンのコートを着て,ソフト帽を被っている.およそ警察には似つかわしくない男だ.精気がなく,表情もない.
おそらくお偉いのコネでむりやりこの職についた能なしのボンボンに違いない.
彼の名はVAL.
とりあえず,彼を連れてカンは捜査に出かける.
問題の大企業の受付嬢(実はお友達なんだけど)とお話しをして,宅配ピザの情報屋から情報を買う.次に“アマチュアハッカー”の一人をつてにして,ついにシステムへの進入を行ったのが公衆電話であることを突き止める.
公衆電話からハックしていた容疑者の潜んでいる場所は,カンにはすぐにわかる.この時代,公衆電話などがあるのはスラムのみ.メンテナンスの記録と実態がずれているスラムの中で,“本当に通じる”電話は3ヶ所しかないとカンは知っている.そのうち一ヶ所はその昔彼自身がどんぱちで破壊し,一つはガキ共がたたき壊した.残りは一つだけ.
張り込みの末,スラムに潜んでいた容疑者を追い詰めた.しかし,そこには件の大企業の警察が先回りしており,容疑者は射殺される.一件落着.
しかし,VALは容疑者の隠れ家からアドバンストディスクを拾ってきていた.彼はどういうわけかそれを“直接”読むことができるのだ.磁気・光学ならなんでも読める.アナログディスクまで読める,という.
訳のわからない冗談に怒りはじめる寒に向かって,彼は釈明する.
「あの,だから,私,人間じゃありませんが」
VALは,得体の知れない委員会が派遣した警察アンドロイドだったのだ.
そして,VALの予想では,死んでいる容疑者は,実はすでにその最後の罠をはっているはずだ.拾ってきたディスクの中身は,何か相当にピーキーな運動特性を持った乗り物らしい,というところまでがわかる.
そのとおり.容疑者は,すでにウィルスを潜ませ,発動を待っていたのである.
ターゲットは,マッハ5で500人を載せて地球を飛翔する“スーパークルーザー”のお披露目試運転だった.
とまあ,こんな感じで始まる「電脳巡警」なのだが,基本的には遅れてきたサイバーパンク,と言ってしまっていい.そして,遅れてきているぶんだけ,出来がいい.
“コンピュータによってバランスを取っているだけの紙”であるスーパークルーザーの設定,あるいは
「私は機械そのものなのであって,なにも機械の操作法に詳しいわけではないのです」
という台詞など,一種ある種の読者のツボをついてくる.
ほぼ準レギュラーといってもいい,あらゆる問題に詳しいらしい御用教授“市立大学法学部のサベージ教授”もなかなか皮肉っぽくてよい.
登場する市警のメンツは寒とVAL,署長に副署長(らしい),そして同僚のシュワルツネッガータイプのバートと,所長秘書のミス・ソンである.
事なかれ主義の署長と,基本的にそれに追従する副署長.ギャンブルに夢中のバート,てきぱきと事務をこなすミス・ソン,この中で“まっとう”そうなのはミス・ソンくらいである.
基本的には,話はVALで持っている.彼の情報収集・操作のテクニックで危機が察知され,そしてカンの行動によって回避される.その繰り返しであるが,高度に情報化された社会の描き方が,不思議にリアルでおもしろい.
ギャングが巨大な金をどこにどのように隠すのか,という点に関して「チャンネル放映権」という情報的不動産?に化けさせているあたりなど,知っていなければできないのでは?と思える.
これは全くの予想だが,作者は日本に住んでいないのではないか.おそらく在住はアメリカ西海岸か東南アジアではなかろうか.
だが,いずれの国もこの作品を受け入れるほどの市場の成熟はない.日本でも,どういうわけかマイナーな雑誌に連載をはじめ,その雑誌がつぶれてしまったらしい,ということを友人から聞いた.残念なことだと思う.
この作品が何かを連想させると思っていたら,神林長平「雪風」シリーズだった.無論あちらは戦闘機であり,また意思の疎通も明らかに不完全ではあるが,しかし,主人公の人間がコンピュータに相当する存在と組んで事に当たる,という点では相似形である.
さらに,基本的にはコンピュータのほうが有能であるのだが,人間は決して追従しているだけでなく,それなりに互いに互いを補っている.
そして何よりも,いわゆる「ロボット3原則」という縛りがない.正直いうと,私自身はどうしてロボットの行動に制約をつける必然性があるのか,理解できない.作品を成立させるためのお約束の一つ,という面においてはわかるのだが,気のせいか,それ以上の何かを感じてしかたがない.人間を無理にロボットの上に位置づけようとする意地のようなもの,とでも言おうか.
その点,このVALはそうした制約を一切持たない.人間は人間,コンピュータはコンピュータ.そういう役割分担の中で互いの歯車を合わせている.
もっとも、VALの生い立ちを考えると,彼はこの街自身が産み出したものであり,この街が彼自身である.そうなると,彼は単なるロボットという話ではなくなる.
こう書くとなんだか怪しいマザーコンピュータが世界を支配する、というお話しのようにみえるが、しかし実際にはVALのキャラクターのためか,そういうシリアスな方向には向いていない.そして、それこそが、むしろ本当にリアルな描写なのかもしれない.
いろいろ書いてきたが、ぜひ続きが読みたいし,この作者の描いた別な作品も読んでみたい.
最初のうちは少女漫画を思わせる細い描線が、最後のほうには力のある太いものにかわっていたところをみると、この作者の方は、おそらくこれがデビュー作か,あるいはそれに近いものではないかと思われる.
この一作だけで終わる人とは思えないので,活躍の場がどこにあるのか,ご存じのかたは教えていただきたい.
<完>