漂流






illustrated by 原 裕介



「今どうなっているんだろう」
 どうにもなっていないわ。
「ぼく達はどこにいるんだろう」
 ここよ。
「ここってどこだろう」
 あなたのいるところ。
「目が見えないから、良くわからないんだ」
 あたしにも、もう目はないわ。
「まだ僕らは漂流しているのかな」
 流れているようでもあるし、止まっているようでもあるみたい。
「誰か助けに来てくれるかな」
 どうでしょうね。
「僕らを探してくれていると思う?」
 わからないわ。
「僕らは今どのあたりにいるんだろう」
 わからないわ。
「君は何者なの」
 あなたの見たとおりよ。
「誰かは『おどらでく』って呼んでいたけど」
 そうね。
「どういう意味なの」
 知らないわ。
「本当の名前はなんて言うの」
 あたしはあたしよ。
「僕が見たときには、君は女の子の形をしていた」
 それならそれでいいじゃない。
「それで羽根が生えていた」
 おかしかったかしら。
「人間には普通、羽根は生えていないんだ」
 たいした違いじゃないと思ったの。
「そうかもしれない。でも、他の人はそう思っていなかったみたいだ」
 そうみたいね。
「だから君を捕まえて、あの宇宙船に載せて運んでいたんだ」
 もうあの宇宙船はどこにもないわ。
「そうだね。もうどこにもない」
 何が起きたのかしら。
「わからない」
 あたしにもわからない。
「何かがぶつかったのか、それともどこかが爆発したのか、それともぼく達がいたところだけが切り離されてしまったのか」
 原因は何でもいいじゃない。
「そうだね」
 あたし達はこうして流されている。
「そう、救助を待っている」
 そうね。
「もし助けが来るものなら」
 ええ。
「でも不思議なんだ」
 何が不思議なの。
「目が見えなくなっているのはその時の事故のせいかもしれない。でも、体の痛みは他にない。おまけに、酸素はもうずっとむかしになくなっているはずなのに、苦しくならない」
 そう。
「君の声がどこから聞こえているのか、それもよくわからない。聞こえているのは声なのか。喋っているのに、僕は口を動かしていない。体の感覚もない。目は見えないのに、でも外の様子がわかる。何もないことがわかる。何もない宇宙がどこまでも広がっているのがわかる」
 それが気になるの。
「気になるよ」
 知ってどうするの。
「よくわからない。でも、何か大切なことのような気がする」
 いまこうして生きていること以上に、大切なことなの。
「僕は本当に生きているのか」
 死んでいると思うの。
「死んでいるのかもしれない。暗い天国にいるのかもしれない」
 あなたは不安なの。
「恐いんだ」
 恐いのね。
「君は平気なの」
 恐いと言うことがよくわからないの。
「死ぬかもしれないよ」
 死ぬということもよくわからないの。
「どうして」
 死んだことがないから。
「そういうものかな」
 そうよ。
「君は何者だい」
 あたしよ。
「僕はなんとなく別なもののように感じるんだ」
 羽根が生えているから?
「そういうことじゃなくて、もっと別な意味で」
 あたしはあたし。あたしはいろいろなところにいるの。
「でも君はあの部屋にしかいなかった」
 外に出てはいけないみたいだったの。
「そう言われたの?」
 そう。
「だからあの部屋にいたの?」
 そうよ。
「一人きりで?」
 ええ。でも、時々あなたがわたしを眺めに来たわ。
「うん」
 どうして。
「気になったんだ。君が何者か良くわからなかったけど、ただ羽根が生えているくらいで閉じ込められているのは気の毒だと思ったんだ。船長は君のことを化け物だっていってたけど、僕にはそうは見えなかったし」
 だから何回も私を眺めに来たの。
「眺めに行ったわけじゃない」
 じゃあどうして。
「良くわからない。話をしたかったのかもしれない。船の中では同じような歳の仲間はいなかった。だから、話をしたかったのかもしれない」
 話をしてどうするの。
「わからない。仲良くなりたかったのかもしれない」
 仲良くなるって、どういうこと。
「例えば、二人でいると、さみしくなくなる、っていうことがあるかもしれない」
 さみしいって、どういうこと。
「ずっと一人でいると、そういうことを感じるようになる感じのことさ」
 それなら、なんとなくわかるわ。
「きみにもわかるの」
 ええ。
「そうか、わかるんだ」
 あたし昔感じたことときっと似ていると思うの。
「昔そういうことを感じたの」
 ええ。ずいぶん前の話。
「昔は何をしていたの」
 いろいろな生き物と形態素を交換していたわ。
「形態素、って何だい」
 あなたがたでいう遺伝子みたいなもの。
「それを交換していたの?」
 ええ。
「君が」
 ええ。自然なことでしょう。あなたがたにとっても。
「僕にはまだ早いよ」
 そんなことはなかったわ。あなたの形態素はもう成熟していたもの。
「僕に何をしたんだ」
 あなたを助けたの。
「僕は遺伝子を与えることはできても、もらうことはできないよ」
 そうだったわね。あなたがたは。
「ぼくたちは、と言ったね」
 適応の方法としては効率が悪いのかもしれないわ。
「どういう意味」
 あなたがたは自分達を2種類の半分づつの要素保有体に分けて、その各々を適度な自由度で混ぜることで変化に適応してきた。いい方法だったと思うわ。でも、あなたがたの個体の寿命は短くて、元の培養器から出てからの展開に耐えられない。あなたがた人類にとってこの宇宙空間は広すぎたのかもしれない。
「君は何を言っているんだ」
 でも、取り合えずあなたと一緒になれた。だからあたしはもうこれでいい。新しい要素を取り入れることができたの。人類ばかりじゃない。地球にいたときには、ありとあらゆる生き物の要素を取り入れて、私の中に保存してあるの。あなたがたの言う魚や鳥、獣、草、木そして虫。いろいろな生き物の形態を取り入れた。後は人類だけだった。
「君は何者なの」
 生き物よ。あなたたちと似ている。
「でも何か違う」
 そうかもしれないわ。
「君はどこで生まれたの」
 生まれたという言葉はよくわからないけれど、昔いたのは、たぶんとても遠いところ。
「君はいったい何なの。何をしているの」
 私は運び屋。
「運び屋?」
 いろいろな生き物の形態素を、星から星へと伝えるの。宇宙のいろいろなところに。そうしていろいろな星に生命を伝えて、そして混ぜあわせる。それがあたしの役目。
「運び屋?」
 あたし達自身に自己増殖本能はないから、ただ取り入れるだけ。運ぶだけ。あなたの星に生まれた生命も、基本的にはあたしの運んだ形態素が発展したものなの。
「なんのために」
 わからないわ。たぶんどこかの誰かがあたし達をそういう風に作ったんでしょう。
「僕をどうしたんだ」
 あなたがたの船から投げ出されたときに、あなたはもう、あなたがたのいう意味では死んでいたの。だから、あなたの身体を作っていた形態要素と、それからあなたの情報処理部分を私に取り入れさせてもらったの。
「だから僕には目も耳もないんだな」
 あなたは私の中に情報として再構成されているの。でも、もし救助されることがあれば、あなたの実体構造部分ををもう一度同じように再構成することもできるわ。
「助けが来るかな」
 さあ、どうでしょうね。
「父さんと母さんは心配してるだろうな。早く帰ってあげたいよ」
 あなたの中にもうあなたの時間的上位世代の形態要素は取り入れられているわ。不安になることはないでしょう。あなたはもう、あなたのお父さんやお母さんといっしょにいるんだから。
「そういう問題じゃないんだ」
 どういう問題なの。
「心配させたくないんだ」
 心配って。
「今度の休みに帰るって言ってあったから。もしかすると、僕が帰ってくるまで、ずっと探してくれているかもしれない。ここにいることだけでも、父さんや母さんに伝えられないかな」
 一つ言い忘れていたことがあったの。
「なんだい」
 あなたを再構成している、と言っていたけれど、それはあなたの脳をそのまま元どおりに再構成しているわけではないの。
「どういうこと」
 あなたの脳と同じ回路を、私の持っている物質でそっくりにまねしているだけなの。
「それはどういうこと」
 あなたがたの脳という部分はそれなりに素早い情報処理を行っていたみたいだけど、あたしができた再構成はそれよりも随分遅くなっているの。
「遅いって」
 あなたの元の物質の構造を情報的に再構成して、その中でさらにあなたがたの脳という機能を組立てているの。とても回りくどい方法。
「そんなに回りくどい方法なの」
 世界の中で世界を組立てて、そのまた中で世界を組立てている、そんな感じ。夢の中で夢を見て、その夢の中でまた夢を見る、って言ったほうがわかりやすいかもしれない。
「まだよくわからないな。だからどうなるの」
 だから、とても遅いの。あなたがこうして考えているその時間は、もともとあなたが行っていた処理の数億倍の時間がかかっているの。
「僕にはよくわからない」
 漂流しはじめてから、どのくらい経っていると思う?。
「よくわからないんだ。1時間か、それとも1日か、そんなものだろうけれど」
 本当は、あれから、あなたがたの時間で言うと三千年が過ぎているの。
「三千年?」
 ええ、だから、もうあなたのお父さんやお母さんはいないでしょうね。
「三千年」
 ええ。
「本当に?」
 嘘をついても仕方がないわ。
「三千年も」
 ええ。そうよ。
「結局、僕らは救助されなかったんだ」
 そう言えるかもしれないわ。
「もう、どこにも誰もいないかもしれない」
 そうかもしれないわ。あなたがたの星からの電磁波は、五百年ほど前から感じ取れなくなっているの。あんなににぎやかだったのに。
「みんないなくなってしまったのかな」
 そうとは限らないけれど。ただ電磁波を出さないように生きているのかもしれない。
「そんなことができるのかな」
 よくわからないわ。
「僕らはどうなるんだ」
 このまま流れて行くと思うの。
「いつまで」
 どこかにたどり着くまで。
「どのくらいかかるだろう」
 このあたりは恒星系も多いし、いずれどこかに流れ着くでしょう。
「いずれ、かい」
 大したことはないわ。
「どうしてそう思うんだい」
 あなたの星にたどり着くまで、あたしはあなたがたの時間で七十八億年ほど漂っていたの。その間ずっと一人きりだった。その間にいろいろなことを考えたわ。そして、それはとてもとても長い時間だった。昔の思い出も磨滅して無くなってしまったくらい。でも今度はあなたがいるから、そんなに長くは感じないと思うの。それが少しうれしくて。
「でも、僕は君の中にいるんだよ。君は君と話をしているだけじゃないか。君の作った僕と」
 あたし、細かいことは気にしたくないの。あなたはここにいる。それで十分じゃない。
「そういうものかな」
 そうよ。
 さあ、次は何の話をする?



<完>




初出 Cygnet7 (1996)

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