変身!?



 俺はライダー。
 悪の某組織につかまり改造手術を受け、俺はある種の「ライダー」となった。 その後、隙を見て秘密基地を脱出し、今や世界征服を企むその悪の組織に正義の 味方として敢然と立ち向かっている。
 、といえば聞こえはいい。
 実際、立ち向かっていることは事実である。嘘ではない。ただし、その立ち向かい方にちょっとした問題が生じているだけなのだ。
 それが何かといえば、だ。
 連中は、改造人間が万一逃げ出すことを考えて『保険』を掛けておいたのだ。
 むろんこれはしごく当然、という気がする。せっかく大枚かけて改造したのに逃げられてしまったら元も子もない。むろん生身の部分は俺のものだが、一応はマシン部分は件の悪の組織の所有物である。逃げた場合には窃盗罪で訴える、という手もあるのだが、普通秘密結社は裁判を起こさない。だから、それ相応の対策を自力で立てなくてはいけない。そこはそれ、一応生物学の大学院生をやっていた俺にもよくわかる。
 で、問題はその保険の中身だった。

 いわゆる変身ポーズというやつがある。はたからみていると必然性がまるでわ からないのだが、ともかくあの格好をすると自動的に戦闘モードに切り替わり、 外見上の『ライダー』になる、あの一連の儀式のことである。一応説明しておけ ば、あれは単なる景気づけのポーズではなく、普段の生活の中で戦闘モードにむ やみに切り替わらないようにという安全装置のような役割を果たしている。
 ずいぶん昔のことだが,ドイツかどこかの旧組織で,そうした変身リリース ポーズがシンプルに設定されていた改造人間がいたらしく,どうも寝惚けながらその ポーズを取ってしまい,朝起きてみたら甲虫の改造体の姿をさらしてしまっていた,と いう話を聞いたことがある.彼はパニックに陥り,元の姿に戻るプロシジャーも 発動できずに死んでしまったという.
 悪の組織としても,悪事の準備が万端整うまでは正体をばらしてしまうことは極力避 けたい.そこで,リリースポーズにはある程度の複雑さが要求されることとなっ た.
 要するに,あのポーズをいちいちとることで、普段の俺の出力を非常に低く押 さえている多段式の制御装置が内部でひとつづつ解除されて行き、全てのリリー スが終わるとすべての能力が全開になるように設定されている、そういう結構な 「からくり」が隠されているのだと考えてほしい。
 そして、連中が目をつけたのはここだった。
 その変身ポーズがもしやたらめったら難しくて、時間のかかるものだとしたら、運用上どうなるか、ということを疑問に思ったドクターがいたらしいのだ。それでは、ということでさっそく試験体である俺は実験の対象となってしまった。
 とにかく実験であるので、俺の変身ポーズはこれまでにない大掛かりなものとして設定された。まず『気をつけ』をした体勢から両腕を前下方で左右に交差させ、それを両脇に開きながら、同時に膝の関節を用いて重心を下げる。その際に膝の関節はやや外側に向けられ、開いた腕は地面と水平の高さまで持ち上げることが肝心だ。さらに腕を左右に開いた状態から元のように前下方に戻しつつ重心を引き上げ、『気をつけ』状態に戻る。基本的にこれらの複合動作が一単位となっているが、実際にはこの動作を8回繰り返す。ここまでが第一ステップ。次に両足をやや左右に踏ん張り、第一ステップと同様に腕だけを左右に振り上げる。この腕の振り上げは第一ステップよりも大きく、角度にして仰角15度程度まで行う必要がある。振幅は大小大小の繰り返しであり、これを同様に8回繰り返す。次は第2ステップの動きを大きくしながら、両腕をそのまま身体の前方方向に交差させ、毎秒一回転ほどで一回転させて左右を同期させて振り回す。これも8回。
 まだまだ続くが、とりあえず君もここまで試してみて欲しい。
 分かっただろうか。君もかならずこの動作を繰り返したことがあるはずなのだ。そう。この変身ポーズは、ラジオ体操第一と厳密に同じなのである。この後も、屈伸、左右旋回、その他と際限なく続き、最後の深呼吸に至るまで何一つ違ったものはないのである。

 これがなにを意味するものか分からない、というなら説明せねばなるまい。目の前に怪人が現れ、対抗しなければいけない状況になったときのことを考えれば話は早い。敵に囲まれ、まさに攻撃を受けんとする最中に、悠長にラジオ体操などしている暇があるだろうか。実際、ないのである。普通の比較的簡易な、かつ格好の良い「変身ポーズ」であるならば、俺自身もぐっと気合いも入り、攻撃する側もいささか少しくらい待ってやってもいいかな、と考えるところがある。そのすきにわっせわっせと変身を終え、かけ声とともにジャンプしてしまって後はこちらの思う壺となるわけだ。
 これがラジオ体操だとそうもいかない。
 この前はあともう少しで深呼吸が終わりそうなところで邪魔されてしまい、また始めからやり直すまでやられっぱなしであった。そうなのだ。この変身ポーズは完全にシークエンスプログラムであるために、途中で停止させられるとまた始めからやり直しなのである。ひどいときは、ようやく変身が終わってみたらもう敵はどこにもいなかったりするし、ただ一人取り残された俺はここぞとばかりの機動隊の集中攻撃をくらうは(実際、変身した後の俺は怪人と外見上まったく変わらないというか、逃げ出してなければ基本的に“怪人バッタ男”なので無理もないのだが)あまりに不様なのである。

 何ともまあ、よりによって半端な改造をしてくれたものだ。正義の味方面して大見得切って脱走してきた俺の立場にもなってくれ、と言いたい。もっとも、こんな状態だとわかっていて逃げ出してきた俺も俺、と言う自覚も一応はある。だからあまり大きな声では文句を言えない。
 さらに悲しいことに、実際のところ、この保険は有効に働いている。
 この前、街中で普通のサラリーマンに偽装した怪人を見抜いたときも大変だった。いきなり街頭でラジオ体操を始めた俺の回りに人垣は出来る、警官に職務質問はされる、されたらされたでまさか「正義の味方のおなじみのライダーですよ」とも言えずにうろたえてしまう、で、もう大変なのだ。そのごたごたの間に件の怪人はどこかに歩いて行ってしまったので、俺の行為を正当化してくれる存在は誰一人いなくなってしまった。俺はしかたなく、泣きながら走って逃げ出した。

 そんなことなら普段から武装状態のままでいればいいというかもしれない。だがそうもいかないのだ。第一、あの姿で日常生活をおくるのは極めて難しい。夜中のコンビニエンスストアなんかに行ったらまず間違いなく防犯ベルを鳴らされるだろうし、そもそも単に自分自身がいい歳こいてコスプレをしているある種のマニアのようでこっ恥ずかしい。言うまでもないことだが、俺のこの状態というものは,諸般の事情によってたまたま俺自身がその“ライダー”と化してしまっただけであって、元々が特撮マニアでもなければその種の懐かしのヒーローのファンでもない。自分自身のこの姿形について、客観的に眺めた場合に、いい大人としては真に恥ずかしいものではあるまいかという感覚を持っている。
 さらに実際的問題として、俺はエネルギーの補給を頻繁に受けられる立場ではないために、エネルギーを多量に食うあの戦闘体型を取り続けるわけにはいかないのだ。みすみす寿命を縮めるような真似は出来ない。あの形態を続ければ、ものの3年で体内の核電池を消費してしまうだろう。改造されても長生きはしたいものだと俺は思っているので、極力省エネルギーにつとめねばならない。
 おまけにこういうことであまり深く悩みたくもなかったので、真っ先に脳に回すエネルギーをカットしておいたのだが、これはいま思うとさすがに大間違いだったような気がしないでもない。実のところ、あまりにエネルギーをカットしたので、回路を元に戻す手続きをライブラリーから検索出来ないでいる。まあそれはそれでしかたないんじゃないかなあ、などとぼんやり思うこともある。

 このようにいろいろとあったが、とにかく、俺はこの状況をなんとかせねばいかんと考えた。そこで初歩的な解決法として運動の速度を上げることを思い付いた。習うより慣れろという諺もある。幸いにも、俺の増強された大脳皮質には電子小脳との間に微妙な連携を取ることのできるプログラムが設定されている。幅広い学習機能は俺のような汎用プロトタイプにのみ設定された特殊機能らしい。それは、おれ以外の怪人がみな外見から分かるように特種用途に向けて開発設定されていることから明らかである。
 そこで俺は、夏休みに毎朝、近所のお子様共と一緒にラジオ体操に励んだ。おかげでラジオ体操第一だけは頭で考えなくともなんとか出来るようになった。皆勤賞でノートと鉛筆をもらえたのも定収入のない俺としてはなんとなく嬉しいといえば嬉しかった。そして俺は、休み明けの次の悪の組織との戦闘で、こま落としのような電光石火のラジオ体操を見せてやつらを見事に粉砕したのだった。

 だが、俺の安泰もそう長くは続かなかった。連中の対応は早かった。悪の組織の誇る科学力を見せ付けられたのは、そのすぐ次の戦闘だったのだ。
 俺が幻のように手足を動かしてラジオ体操を始めた途端、連中は何と、ラジオ体操第一を録音したものを流し始めたのだ。「むむむ,これではいかん、いかんぞ」などと心では思いながらも,俺は音楽に合わせてのんびりと体操を行ってしまい、こてんぱんにやられてしまった。何と巧妙で緻密な計算だろうか。だてに世界征服を目指してはいない。俺はとうてい自分一人の力ではやつらにたちうちできないのを知った。

 俺はついに助けを求めることにした。俺とは別系統で改造手術を受けた連中が9人ほどいて、彼らはサイボーグと呼ばれているらしい。とりあえず正義の味方らしく、別な悪の組織と戦っているということだった。世の中には暇な奴らがまだまだたくさんいるということがよくわかる。また連中を改造した白髪白髭の老科学者もまだ生きているらしかった。おれは苦労して彼等の一人の日系のハーフと連絡をとり、博士のところに案内してもらうこととなった。
 と、そこで問題が生じてしまった。
 どうも彼等は俺の改造人間としての能力を疑っていたらしいのだ。無理もない。身長はともかく、極力軽量化が図られているために体重までもが常人とほとんど変わらないのである。おまけ対レントゲン・MR用の高級カムフラージュが施されているために、ちょっと調べただけでは俺が改造手術をうけたかどうかが分からない。そこで、海の真ん中の秘密基地に着いたとたん、いきなり戦闘ロボットが現れた。おまえが本当の改造人間ならば、見事にこいつを倒してみろときたものだ。
 体重キログラム当たり8馬力のパワーも、戦闘変態モードで初めて出力されるスペックなのである。普段の俺は少しタフな一般民間人にすぎない。このままでは当然勝ち目はない。仕方なく、俺は迫ってくるロボットの前でラジオ体操を始めた。
 その光景がよほどおかしかったらしい。老博士は笑い過ぎて呼吸困難を起こし て苦しんでいたし、趣味の悪い赤い服に黄色のマフラーを締めた日系ハーフの野 郎にいたっては、舌を噛んで高速機動モードに入ったまま顎が外れて解除ができ なくなってしまったらしく、そこらへんを砂嵐のような強烈なスピードでごろご ろとのたうち回っていた。奴の超音波領域のけたたましい笑い声は,不幸にも俺の聴覚回路にきちんと捉えられた.
 俺はこの時点ですべてを諦めて、そのまま船に乗って帰ってきてしまった。

 驚いたことに、帰ってみるとライダー2号が同じように某悪の組織の改造手術台から逃げ出してきていた。行くところがないのでとりあえず俺のところにやって来たのだという。味方が増えることは心強い。俺は素直に喜んだ。
 そして、それが困惑に変わるまで、そう長くはかからなかった。
 二人して戦闘を始めようとしたとき、どうも俺は自分の変身ポーズ --- つまりラジオ体操第一であるが ---- に妙な抵抗感があることに気がついた。一体何であろうか。俺はしみじみと2号の変身ポーズを眺め見て、その理由を知った。彼の変身ポーズは、やっぱり、というのかなんというのか、ラジオ体操第2であったのだ。
 自分がラジオ体操第1を行っているすぐ横でラジオ体操第2を行われたとしたら、どういう感じがするだろうか。正直いって迷惑だ。そうだろう。何というのか、その、うまくいかない。どうも手足がついつい相手の行為に影響されてしまって思うように動かない。もちろん、俺のラジオ体操第一が、変身そのものに慣れていない2号の方に俺以上に大きな影響を与えいたことはいうまでもない。いずれにしても、互いに気になって仕方がないのである。おまけに大の男が二人して横にならんでじたばたと大まじめにラジオ体操第1と第2を行っている図というのも、いささか異常ではないかと互いに薄々自覚してもいたのだった。
 えてして、心にわだかまりがあるときの戦いというものは勝てない。このときも二人して目茶苦茶に叩きのめされた。改造人間でなければ本当に死んでいるところだ。
 この後、二人のうちどちらかが盾になってひたすら殴られているうちに、残ったほうが比較的素早く変身を終えてしまって反撃する、という原始的なシステムを開発した。タコ殴りにされている時間はあまりにも惨めといえば惨めなことに変わりはなかったが、まあ、最初に比べれば少しは改善されているのではないかということで俺たちの意見は一致を見た。

 そこに現れたのは、何と3人目のV3であった。ラジオ体操に第3はない。最 近は「癒しの体操」なるものがあるらしいが,あれは名称としては「第3」ではない!これはもしかすれば、始めてまともに戦ってくれる仲間なのではないかと俺たちは期待した.。
 そして。
 V3の変身ポーズは『花笠音頭』であることが分かったとき、俺たちは落胆のあまり涙した。

 ここから先はもういいだろう。 
以来,様々な仲間が加わった。そして、テレビ中継で『○人ライダー大集合』 などというときには、みんな横一列にならんでかっこいい台詞を吐き、並み 居る悪の大幹部たちを恐れおののかせ、そのあげく各自勝手に『安木節』だ の『どじょうすくい』だの『オバQ音頭』だのをひょこひょこと踊り出すの である。一応他の人の変身にじゃまになるようなことはしない,という約束 をしているので,音楽を鳴らすメンバーこそいないものの,隣で踊っているやつ の口から「きゅきゅきゅのきゅ」などと小さな歌声が漏れてくるのを聞 いていると,なんだか自分が当初の目的地からずいぶん離れた世界にやってきてしまったような気がする.
 それを見ている敵の怪人達はひっくりかえって手足をばたばたさせている。ず いぶん嬉しそうに見えるのだが,あれは実は苦しんでいるのだという説明を当人たちから受けたこともあるので,それならそれで,いいのかもしれない.

 それはともかくとして、俺たちのこのどたばたは、日常の娯楽の少ない悪の秘密結社の皆様には大変ご好評なのだそうだ。どの組織の大ボスも、俺たちとの戦いの日が近付くと明らかに機嫌がよくなると下っ端戦闘員の友人は言っていた。それはそれで結構なことではないか、と俺たちは考えている。たとえ敵とはいえ、人様の心を和ませている、という点で、自分も他人の役には立っている。そう思えば、総じて妙な踊りをへらへら踊る一座に身を置く宿命にありながらも、それなりに明日を生きる希望が湧いてこようというものだ。

 しかし、だ。
 こんなことで、本当に悪の世界征服の野望を防ぐことができるのだろうか。
 俺は憂鬱だ。
 敵の数に比べて味方はまだ少ない。仲間が増えたとは言ってもわずか数名。絶望的な比率だ。時折増える仲間も、どういうわけか皆踊りを踊る。敵の怪人がそういう踊りをしているのを見たことがないのを鑑みるだに,わざとそういうやつだけ逃がしているんじゃないかと疑わしくなる。おまけに、こんなことでは嫁の来手もなし、等々と愚痴を言い出せばきりがなくなってしまう。

 そんなわけで、いろいろあるものの、俺たちの悩みは尽きないのだ。


<完>


初出 Hotline46(1990)
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