行列


 自分は午後の陽差しの中、人の列に並んでいる。服は上下とも黒く、また締め慣れないネクタイもまた黒い。これは喪服なのだろう。どうも誰かの葬式に参列しているらしい。誰のものなのかはよくわからない。ただ、自分にとって大切な誰かであったような気がしている。
 列はゆっくりと進む。強い光の下で、黒い姿の人々が同じように黒い影を地上に落としている。私は暑さでやや参りはじめている。横で妻が同じように黒い服を着て並んでいる。その服の柄が確かに黒いのだが、どうも華やかな印象がある。また若いためなのだろうか。自分は妙な気がして妻の姿を眺めた。妻はちらりとこちらを見ると、小声で、あなたとこういう場所に出るのは初めてですね、という。ああ、そうだな、と自分は答える。自分と妻はこの間結婚したばかりらしく、夫婦としてこのような公式な場に出かけるということはこれが初めてのようだった。
 人々は石像のように静止している。にもかかわらず、行列は少しづつ進んでゆく。そういえば香典をどうしたろう、と妻に言うと、今日はそういうものはいらないんですって、とささやいてきた。なんとも気を使ってくれる故人だと思った。一体誰の葬式だったろうかと遺影を遠目に見ようとしたが、写真の表面に陽光が反射して確かめられない。こんなことまで妻に聞くのも何ともと思われたので、自分はその後もじっと並んでいた。
 ずいぶん長い時間が経ったように思えた。陽射しは相変わらず強く、自分は今の季節がいつだろうと思い出そうとした。しかし、よくわからないままに妻とじっと並んでいた。
 行列は黙したままじわじわと進んでゆき、ついに私の少し先までやってきた。しかし、不思議なことに、この距離まで近づいても遺影の額の中の写真が確かめられない。一体誰なのだ、と覗きこもうとして、自分は、自分の前の参列者が不意にいなくなったことに驚きを感じた。まるで、焼香の煙の中に溶けこんでしまったようである。いったい何のことだろう、と妻を振り向くと、妻の服の模様が目に入ってきた。確かに黒い服なのだが、しかしこれは喪服ではない。色彩の派手な、まるで南国の島で着るような強烈な色彩のものではないか。だが、そうわかっているというのに、自分にはやはりその服装は喪服に見えた。色彩があると言うのに、どうしてもそれは『黒い』のだ。
 ふと見ると、自分の服も同じようなものであった。夏用のスーツなのだが、しかし黒い。黒く見える。他の参列者の服も、ほんとうは様々な色彩があるのはずなのに、なぜか黒く見えているのだということがわかった。そうして、自分は少しづつ思い出しはじめた。
 新婚旅行に南の島に出掛けていく最中で、自分達の乗った飛行機は墜落をはじめた。体が浮き上がる感覚と、そして強い衝撃があった後、私達はここにいた。唐突に誰のものともいえない葬式に参列していた。
 そういうことなのか、と後ろの方を見ると、同じように黒い色彩の制服を着た乗務員が並び、最後に年配の機長が静かに並んで順番を待っている。私の視線を受けて、やや申し訳なさそうに頭を下げた風に影が動くのが見えた。
 遺影の前に向かうと、そこには一枚の鏡が置かれており、自分の顔が映っている。それで先ほどから遺影が見えない理由がわかった。もともと誰の顔も入ってはいなかった。参列者は自分で自分自身の弔いを行っていたのだ。
 線香を供え、短く祈る。
 ぼんやりと昔のことなどを思い出す。
 振り返ると妻がいる。先に行くよ、と声をかけると、私もすぐに行きます、と返ってきた。何だか照れ臭い、と自分は思った。
 私は灰をつまみ、短く祈ると、その灰の間にゆっくりと溶けて行った。


<完>



初出 Cygnet9(1998)
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