あなたは闇の中にいる。
 何も見えない。
 どうして自分がこんなところにいるのか、あなたは覚えていない。
 あたりに誰かがいるのかどうか、それもわからない。
 身を起こすと,体から砂のようなものがこぼれ落ちる音がする.
 その他には物音はしない。自分の息遣いがひどく大きく聞こえる。声を出してみる。はじめは小さく。誰からも返事はない。しだいに大きく。最後は叫ぶように。だが、どこからも返事はない。
 どういう事だろうか。
 もしかすると、あなたは閉じこめられたのかもしれない。
 この暗闇の中に。
 あなたは急に恐ろしくなる。
 だが、あなたの近くで、誰かが声を上げた。あなたは一瞬ほっとする。
 聞き覚えのある声だ。
 そうだ。
 あなたはしだいに思い出す。
 あなたは、恋人と一緒にこの山にやってきた。そうして、雨を避けるために洞窟に入った。そして、洞窟の入り口が崩れた。それからしばらく、あなたがた二人は気を失っていたに違いない。
 気を失ってから,どれくらいが過ぎたのか,あなたにはよくわからない.時計の針に夜光塗料が塗られているらしく,闇の中でほのかに浮かんで見える.時計の針は6時過ぎをさしている.だが、この光もいつまで保つだろうか、とあなたは不安になる。
 闇の中の恋人が身じろぎするのがわかる.
 あなたは声をかける.返事がある.意識があるらしい.大きな怪我もしていないようだ。お互いが近くにいるとわかり,あなたはやや安心する.
 しかし,自分の他にもう一人が居るとわかったところで,状況は改善されない.あなたは闇の中で相手に寄り添ったまま,時間が経過してゆく.
 そこだけ光る針が,それとわからないほどゆっくりと動いてゆく.
 相手の体温が伝わってくる.光のない世界で,あなたは長い間佇んでいる.
 静かだ.
 このままどのくらい保つのだろうか。
 あたりをまさぐってみるが、空間はとても狭い。風が流れ込んでくる様子もなく、気温が上がっていくのがわかる。
 息苦しくなってきたような気がする。
 しかし、本当にそうなのか、定かではない。そんな気がするだけなのかもしれない。
 闇の中で、あなたの本当の恐怖は、闇それ自体にあるようにも思う。
 暗い。
 確かに恋人が近くにいる。こうして肌をよせあっていて、それはわかる。しかし不安だ。
 顔は見えない。声は聞こえる。だから、きっと恋人なのだろうということはわかる。
 しかし、闇の中では姿は見えない。
 どうすればいいだろう。
 あなたは、少し土を掘ってみようとする。
 そのとたん、ばらばらと土が落下してくる。あわてて顔を覆う。
 周りの土は相当もろいようだ。
 これは危ない。
 崩れてくるのは時間の問題かもしれない、とあなたはあらためて危機感を抱く。
 なんとかしなければ。
 しかし、どうしようもないではないか。
 闇の中で、身動きもとれず、脱出行為もできず、ただこうして座っていることしかできない
 これではいけない。
 息が詰まる前に,なんとかしなければいけない.
 しかし,どうすることもできない.
 時間が過ぎる.
 時計の針だけがぼんやりと光っている.しかしそれもすぐに消えてしまうだろうとわかる.
 不意に、あなたは自分の呼吸音を意識する.
 遂に空気が薄くなってきたとあなたは理解する.
 一瞬パニックを起こしかけるが、恋人が意外に落ち着いている様子であるのを感じ、あなたも落着く.
 だが、時間が過ぎてゆくだけだ.
 もうだめなのかもしれない、とあなたは言う.
 すると、恋人が、闇の中で静かに語りはじめる.
 これでよいのだ、と。
 こうなることはわかっていたのだ、と。
 実はあなたがた自身がこれを望んでいたのだ、と。
 あなたは、恋人が何を言っているのか理解できない。
 あなたがたはこれまで二人で仲良くやってきたのではなかったのか。あなたは 相手のことが好きだし、相手もあなたのことが好きなのではなかったのか。そう 思ってこれまで一緒にやってきたのではなかったのか。
 そう思う一方で、あなたは自分の存在がどことなく希薄であることに気がつく。

<未完>