帰省


 久しぶりに郷里に帰ると,また少し両親が機械化していた.
 母はもう腰の骨の部分を完全に取り替えていた.痛みがなくなったので,以前と同じように庭をいじっている.筋力の回復まではしていないので,それほど素早く動くことはできないようだが,それでも痛みがないのは随分楽だということだ.
 父はくるぶしにオイルを差しながら,昔のように煙草を吸っていた.気管にフィルターを取り付けて,肺に余計な煙が行かないようにしているらしい.このフィルターを使っていれば肺そのものはまだしばらく持ちそうだということで,自前を使い続けている.とは言うものの,煙が出ることにかわりはなく,母はあまりいい顔をしていない.
 両親はできるだけ自分の自前の体を長く使いたいという考え方をしているようだ.できるだけ若いうちに機械に変えてしまえば楽になる,という風潮もあるようだが,あまり若い頃から身体を機械の部品に変えていくとかえって身体の使い方に無理が出てくるという話も聞く.歳をとって,自分の体の弱点やいたわり方を覚えてからの方が,機械に変えてからも健康に暮らせるのだ,とほぼ全身を改良している祖母も言っている.
 その祖母は今年南極に旅行に行った.体が丈夫になってから旅行が好きになったようだ.昨年はエジプトのピラミッドを見て来た.訪ねて来た人に写真を見せるのを楽しみにしていると母は言っていた.
 祖父も相変わらず油絵を描いたり俳句をひねったりしている.近いうちに久しぶりに個展を開くらしい.いずれ自分も顔を出そうかと思っている.
 総じて年寄りたちは元気だ.良いことにちがいない.いつまでも死なない老人たちは,皆のんきにその日を暮らしている.
 次の正月に戻るころには,両親はまた少し機械になり,また少し健康になっていることだろう.
 いずれ父が脳を交換するときには,囲碁のソフトウエアでも贈ろうかと考えている.これから先の長い人生において,一時の暇潰しくらいにはなるだろうと思う.


<完>



初出 Cygnet8(1997)
go upstairs