前略 とりいそぎ 僕だ。生きている。心配しないでいい。
君の前から突然姿を隠してしまったので心配したかもしれない。事情によって急がなくてはならなかったので、君に連絡を取る余裕がなかった。申し訳なかったと思っている。
とりあえず問題は解決した。そう思ってくれていい。神隠しなんかどこにもなかった。全ては気のせいだった。というよりも、問題はもっととんでもないところにあったので、このあたりは今は触れない。説明をしてゆくなかで、おいおい分ってくると思う。
時間もないし、いろいろあってそれほどたくさんの情報は送れないようなので、なるべく手短に書こう。
船の中から人間が消えたり、別な世界?からの人間がいきなり船内に現われたりした、というあたりが今回の事件の発端だった。そこをさらに調べてゆくうちにひっかかってきたのが、この船のメインフレームコンピュータが実はずっと昔からどうもなにかの処理にかかりきりになっていて、それがなんなのかさっぱり分らなかったということ。もっというと、船内のエネルギー消費量や資源リサイクルのこれまた昔から基礎データが巧妙に操作されていて、実際には額面の五倍以上の消費が行なわれていること、それに加えて最近になって増えてきた分裂症患者、あげくのはての幽霊さわぎ、こういった何とも統一性のない現象が実は一つにまとまってしまった。
解はTSSだ。つまりタイムシェアリングシステム。人間とコンピュータの時間スケールの違いを利用した、処理資源の共有手段。もちろん決して新しいテクニックではない。大昔にコンピュータが開発されはじめた時にすでに実現されていたものだ、と言えば分ってくれるかな。要するにオーソドックスな太古の技法だったわけだが、これが今回の鍵になっていた。ただし、今回は共有していたのが単に処理資源だったのではなくて、もっと単純かつ基本的なものだった点がポイントだった。
順を追って話そう。
そもそも問題は、僕たちが生活しているこの巨大な世代型宇宙船が、予想外に快適だったことだ。エネルギーも、資源も当初の人口の十倍の許容量で出発した。この面では問題は生じなかった。そして逆にその事がむしろ問題になった。
快適な環境では人口は増加する。何世代かを経るうちに、出発時の二倍以上にふくれ上がったらしい。もちろん現在と同じように産児制限も行なわれていただろうが、しかしそれでも増えてゆくものはしかたがない。ちなみに、当初の出発人口は約2万人。それが出発以来、記録に残っている限りでは三百年間に三倍弱の5万7千人まで達していた。そう、年あたりの伸び率としては微々たるものだが、しかしゼロではないのだからいつかはこうなる。そして、ここが肝心なのだが、有効容積から算出できた船の人口許容量は、四万人程度が理想的だった。
ここで君にも気になっただろう。船の人口5万人は今よりずいぶん多い、僕たちが調べてみたこの船の現在の人口は2万8千人程度だったのだから、これではずいぶん人口が減ってしまっていることになる。そうなんだ。ここが問題で、後からかかわってくる。
今現在、船が出発してから約九百年が経過していることになっている。あと十年ほどで目的の惑星に到着する(これは確かなようだ。すでに観測機器にはデータが入りつつある。君のところにも、じきにどこかから発表があるかもしれない)。しかし、約6万にふくれあがって以降、人口の伸び率が変わっていなかったとしたら、もう人口は17万人を突破しているはずだ。それなのに、現在の船の全人口が2万8千人と言うのは計算が合わない。何らかの事故があったとしか思えない。確かに出発三百年頃にメインフレームのかなり大きなトラブルがあって、それで環境維持機構が狂ったために一時期人口が大きく減った、というデータもあった。しかし、それにしても今現在まだ2万8千人というのは少なすぎる。それ以降には、大きな事故の記録はないんだから。
それはともかく、その当時の記録によると、人口が増えて問題になったのは、資源やエネルギーでもなく、単に人間自体だった。さっきも触れたけど、この世代間宇宙船には、エネルギーも資源もなぜか船の面積許容人口の十倍以上確保されている。だから奇妙なことにこれらに関して言えばなんら問題にならなかった。つまり、人間の数が多いということは、別な側面に歪があらわれることを意味していた。
別にそれほど難しいことじゃない。人間関係の話だ。
人口密度が高くなりすぎると、人間にはストレスがたまる。常に他人が近くにいるというのは疲れるものだ。その影響が船全体に及ぶとこれは問題として大きい。僕の調べた記録によると、それ以前の世代移民船団で一番大きな問題になっていたのが、エネルギーでも食料でもない、実はこの対人ストレスだったようなんだ。意外といえば意外なものだ。
そこで、こういう計画が取られたらしい。
人間が時間を連続だと感じているのは、これはふだん思っているほどあたりまえのことではない。時間を知覚する脳内の部分が他の感覚をつかさどる様々な部位と整合性を保ちながら、全体として一つの連続した時間感覚を生じさせている。だから、逆に言えば、この時間知覚処理の部分を途中で横取りしてしまって、その間の埋め情報を適当に加工しておけば、実際には断片的な時間であっても、当人にとっては連続した時間のように知覚される。
具体的にはこういうことだ。人間の時間知覚情報を十万分の一秒ごとにスライスして横取りする。それを全員分、逐一メインフレームに取入れる。そこで人間を二群(あるいはそれ以上でもかまわないが)に分けて、時間知覚情報の区分を各々に割り振る。つまり、一方群の人間は、五万分の一秒毎に外界を知覚し、もう一方の群の人間は、残りの五万分の一秒毎に交代で外界を知覚することになる。
外からみると、五万分の一秒毎に世界の切り換えが行われているのだが、当人たちはそれに気がつかない。人間の瞬間知覚提示速度の限界はおよそ千分の一秒というところで、この間は自動的に人間の方が埋め合せ情報を作っているので、もちろん分割されていることには気がつかない。さらに(ここが大切なのだが)二つの群は、共通の感覚を持たず、情報の交換が出来ず、各々が別々の時間帯域、言葉をかえれば、別々の世界に存在することになる。世界というリソースを共有しつつ、独立したプロセスを(当人から見れば)連続的に使用できる。ちょっとおかしいと思ったかもしれないが、もう少し待ってくれ。
単純に説明すると今のような言い方になるというだけの話だ。実際には時間知覚処理に関してはもっと複雑な処理が行われているし、さらに本質的なところの問題があって、話はこれほど単純ではない。
考えてほしい。例えば、同じ空間を二つの社会が共有することが可能だと思うか?しかも同時に、だ。ちょっと考えただけで、そもそも複数の人間が使う道具の存在や、あるいはそもそも近くの空間にいる別な時間帯域に属する他人の存在、その他人が行った行為が自分に及ぼす影響はどうなるのか、というところが問題になる。同じ部屋の中に、二人の人間が互いに気がつかれずに同時に住むことができるだろうか。
ここが第二の問題点だ。僕たちの首根っこに、何か奇妙な形の突起があることに気がついただろうか。そう、君の首にもあるはずだ。いわれてみてようやく気がついただろうか。きっと今まで気にもしたことがなかっただろう。そういうふうにされてきたからだ。念のため言っておくけれども、これは人間にもともとある器官ではない。
これが僕たちとメインフレームをつないでいるインターフェイスだ。聞いたこともないだろう。信じられないかもしれないが、僕たちは、ともかくこれまでの間、ずっとこれを経由してメインフレームからの干渉を受けてきていたらしいのだ。
メインフレームは、僕たちの行動 ---- つまり、五万分の一秒毎の両方の社会の人間達の行動だが ---- を監視して、各々の認知・社会的な分脈において、両者がかみ合わなかったり、理論的に整合していないところは、僕たちの知覚や記憶を適当に改変して、おかしな行動が起こらないように、また起こったとしても、それをできるだけすみやかにエピソードとしての記憶から削除してしまうように、いわば意識の裏側から働きかけていた。この計算が簡単でないことは素人の僕にもわかる。これを数万人の社会の構成員全員に対して行おうというのだから、莫大な処理容量を食うということが理解できる。わかってくれたかい。ある一つの矛盾点を修正するために、別のいくつもの事象の記録を変更しなければならない。それらの事象を変更するとまた別ないくつもの事象を変更しなければならない。その繰り返しだ。場合によっては、形式的に時間を遡及して歴史の改変を行なっていた形跡すらある。しかもそれを複数の独立した社会に対して行っていたんだから、あのばかみたいに強力なメインフレームが何に容量を食われていたのか、理解できるだろう。どこかに処理のゴミがたまっている、なんて単純な話ではなかったようだ。
今の話はまだかなりやさしくしている。実際には、時間分割を受けている領域は全部で六ブロックある。つまり、僕たちは、一つの空間に六つの社会が独立して、お互い表面上は何の干渉もしないで独立して存在していたわけだ。驚異的だと思わないか。
実は、僕は今、その時間干渉から一時的に逃れている。つまり、時間を本当の意味で連続的に体験しているわけだが、船の中はすごいことになっている。どこもかしこも均等に人通りが絶えないし、しかもどの人間たちも他の時間帯域の人間の存在に気がついていない。たとえば、通りで別な時間帯域の人間同士が衝突しそうになっても、どちらかともなく、ふっと避けあってしまう。おそらく当人同士は、なぜいま自分が動いたのか、説明できないだろうし、おそらく動き自体が意識に上がっていないだろう。別な部分では、物理的に同じメッセージが複数の時間帯域で別々な分脈に組込まれて、それぞれの世界の人間たちに固有の意味を持つように設定され、情報として有効に読み取られている。そんなことがあたり一面で起きていて、そして僕以外に気がついている人がいない。
並行した世界があちらこちらでつながり、からみ、また分れ、その世界の流れが最終的な惑星植民に向けて、全体として、ゆっくりとだが、しかし確実に動いている。
それにしても、この人口密度はすごいものだ。六つの時間帯域にほぼ三万人弱づつの人口があり、合計約十七万人だ。十七万人を「まともに」運ぶ船を作るのは、おそらくこの数倍のコストが掛かっただろうし、このシステムが働いていなかったら、おそらく暴動が起きて航海そのものが不可能になっていただろうね。安上がりでうまい仕組みだよ。もうこれで、あの惑星の開拓のための目標人口は確保できているだろう。おまけに、六つの時間帯域は各々異なった特徴をもった社会を作りだしているから、植民地区毎の人口分割も自然に行われるだろう。人口に関しては少々多すぎるくらいで、これだけの人間の認知・知覚処理を同時に行うことはメインフレームの設計限界以上の処理容量が必要だったのか、あるいは例の大きな事故で処理システムの一部が消えてしまったのだろうと思う。だから、近頃では時間の連続処理が人によっては滞ってしまって、身体中枢内部のクロックと外部からの同調信号が一致しなくなった人が出てきたらしい。それで、表面上の時間感覚に関して分裂病の初期のような離人体験を持った人が増えてきたり、あるいは別の時間帯域との整合が間に合わなくて、別の時間帯域の社会がぼんやりとした人間の影、すなわち幽霊として知覚されたりしていたのだろう。
そのひどい例が神隠しで、これはたぶん、その人の所属時間帯域データが何らかの原因で別な時間帯域のそれにに移されてしまったのだろうと思う。もちろんその人は、きちんと別の世界で生きているのだから、あまり問題はない。もう少し経って、このプロセスが明確に制御できるようになれば、またもとの時間帯域に戻すことができるはずだ。他の時間帯域のことを知っているのだから、将来的には貴重な人材になるかもしれない。
エネルギーや資材が船の適正人口の十倍以上確保されていたのに、どうして可住面積を増やす仕組みを取っていなかったのか、やっとわかった。おそらくこれはもともとの計画だったのだろう。ただ、三百年前の事故で、そのことを明確に伝えるはずのプログラムがどこかに消えてしまって、実行プロセスだけが自動的に動いてきたのだろうと思う。もしかすると、ほかにもそういったしくみが今現在働いているかもしれない。そのあたりはこれから別な時間帯域の人と協力して解明していけるだろう。問題はおそらく解決に近付いているはずだ。
ということで、もうすぐ会えると思う。
なんてね。実はもう僕は空間的には君の近くにいるんだけど、君から僕は見えない。メールだけなんとかメインフレームの時間制御部分に小細工をして君の時間帯域に無理やり送ったのだけれど、何か妙な気分だよ。これを読んでいる君の肩越しに覗きこんでも、君は一向に気づかないんだから。なんだかおかしい。だからといって、あたりを探ったりしないように。僕に触れたとしても、君にはそれとわからない。そういうふうにできているものだから。
では、また。
草々
追伸 もう少しだけ余裕があるようだから,一つ気になることを言っておきたい.そろそろ他の五つの時間帯域の各々で、僕と同じ真相に気がつきはじめた人間たちが現われはじめている。その人達とうまく連絡をつけて、植民の惑星上での第一次計画を具体的に探し出さなくてはならない。それはまだ、昔の事故で破壊されたメインフレームの一部分に埋もれてしまっているらしい。
いや、実を言うと不安なんだ。本当にこの船は世代間宇宙船なのか、そもそも、ここは本当に宇宙船の中なのか。僕たちはこれまで徹底的に知覚や認知を操作されてきて、そしてそのことに気がついていなかった。だから、僕たちの認識している社会はそれなりに整合性をもっているけれども、果たして本当に正しい世界なのか、そのところは実際にはわからない。
なぜこんなことを言うかというと、時間帯域によっては、ここが宇宙船の中であるということそのこと自体を忘れ去ってしまった社会があったからだ。同じことが僕たち自身にも言えるはずだ。僕たちの時間帯域の社会の設定も、もしかするとどこか根本的に誤っているのかもしれない。本当の「現実」はもっと別な世界かもしれない。そもそもこの世界が何なのか、そこから考え直さなければいけないんだ。だからこれからしばらく、いろいろな時間帯域の人間たちと、各々の持っている「世界観」をすりあわせていくという気の長い作業が待っているような気がしてならない。生まれ育って以来のお互いの根本的な常識を覆すことがどれだけ大変な作業か、君もわかってくれるだろうね。
どうなることかわからないのだけれど、がんばろうと思う。
ではまた。
<完>
初出 OBHotline2 (1993?)
改稿 Cygnet6 (1995)
go upstairs