君が、うちの“研究室”に来たいと言う人かい。入ってくれたまえ。
狭くて申し訳ない。取りあえず、壁でも天井でも好きなところの椅子に座ってくれ。以前は実験室もあったんだが、取り上げられて、今ではもうこの部屋しか割り当てがなくてね。幸い今では壁も天井も利用できるから、面積的には何とかやっていけるんだが。
それにしても、君も物好きだな。いまどき“研究室”所属を希望するとは。た
いていの人はは製品化室か販促化室のほうに行くのだけど。いや、もちろん
トリップ行為の心理学的な研究や、トリップ行為が社会に及ぼす影響の社会学研究というのもあるけど、うちはそうじゃないんだよ。わかっているかい。薬理なんだ。
見てもらえばわかるけど、新しいものは本当になんにもないんだ。どれももうお蔵入り寸前のお古の機器ばかりでね。資金がないんだ。それでもいいのかい。
ああ、あれをやりたいのか。そうか、いや、だが、あれは難しいと思うなあ。
もちろん、私も昔あの研究をしていたよ。だからわかるんだ。あれはとても難しい。君がなにか新しいアイディアを持っているというなら話は別なんだが。
研究がどこまで進んでいたのか、って? 難しい問いだなあ。一応は、行き着くところまで行っていたんだ。動物実験だけどね。
君は“あれ”以降に生まれた人なんだね。そうか、気になるのだね。
“あれ”がなんなのか、どこから来たのか。どうやって作用しているのか。
当時の私も気になった。
だから調べたんだ。
“あれ”、つまりサブスタンスD自体はおそらく三十年ほど前から出現していたらしい。その頃から妙な夢の記述が世界データベースのいろいろなところに現れている。もちろん夢というのはどれも妙なものなわけだが、それにしても共通夢というのは妙なものだからね。
そもそも、同じ夢を見る人間が出現するようになった、ということが発端だっ
た。別に内容がすべて同じというわけではないんだが、彼らは、トポロジー的に
極めて類似した“風景”を見ているらしいことはわかった。その“風景”が、ど
の感覚モダリティでとらえられているかはさておいて、共通して同じ構造を持つ
“風景”を感じていた。それが色彩か味覚か音像か、数式か抽象絵画なのかは別
として、だ。
だが、それだけではただの少し不思議な話でしかない。
その風景の中にある、何かの記号のような絵のようなものを、夢が覚めてから
も覚えて書き留めていた人間がいたんだ。なにか繋がった輪のようなものだった
らしいんだが、書いた人間自身にはさっぱりわからなかったらしい。今思えば、もしか
したら、それは“メビウスの輪”のような何かだったのかもしれない。
何回かそれを繰り返しているうちに、それはどうやら、何かの設計図のように見えてきた。
それを、別な物好きがわけもわからず組立ててみたら、どこへでも行ける“ゲート”ができた。原理はさっぱりわからない。でも、動くものができた。使えた。そこを通れば、行きたいところに行けた。空の上だろうが、海の底だろうがエベレストの頂上だろうが。安全に、とても安全に。
他にも似たような例がたくさん出てきた。
詩人の歪んだ字のようなもので描かれた“作品”が、その言語的内容とは別に、
当たり前の物質からエネルギーを取り出せるちょっとした“小物”の設計図になっ
ていた。記号の羅列が遠まわしな図になっていたんだ。
ある音楽家は、不協和音の繰り返しとしか思えない作品を山のように産み出し
た。しかし、聴いているとどこか心惹かれるんだ。それをじっと聴いていた研究
者達は、しばらくして、一斉に同じ原理のお手軽な遺伝子・生物合成システムを
開発しはじめた。子供でもあっさりと、プラモデルでも作るように、好きな生物
を合成できるんだ。君も子供のころやらなかったかい? あれのことだよ。
夢から掘り出されたいくつかの記号から、文化的な“宗教情報体”を、数学的
に定義することに成功した連中もいた。それを使ってマーケティングを行おうと
したのだけど、さすがにプロテクト技術が発掘されたね。あれはまずかった。
まあこんな例はいくらでもある。どれも、夢の中で眺めたものが、夢の外では宝物のような価値を持っていた。
要するに、夢の中には、“使えるもの”があったのさ。
ただあっただけじゃない。たくさん、たくさんあったのだ。
夢から何かを取り出せるなんて、これまでは少しいかれた連中か、そうでなければ文字どおりの夢想家と呼ばれる連中だけのお話だったのだけど、それが薬で実現できたのだ。薬でトリップすることでね。
そうだ。夢を見た連中 --- 僕は彼らをトリッパーと呼んでいる。安直だが、
しかしわかりやすい命名だろう --- に共通していたのは、一つの薬品だった。それがどこから出現したのかは未だにわからない。ただ、その頃にはこの世界にあった。それだけしかわかっていないんだ。成分を分析しても、別にかわったところは見えないのさ。
正体不明だが、取り合えず我々はそれをD物質と呼んだ。まあ、今ではただ“薬”と呼ぶことが多いが。
その物質の、精神に対する作用機序や、そもそもの本当の正体は不明だった。
でもそんなことはどうでもいい。使えるとわかれば、それでよかったんだ。
情報を取り出すのに使える。夢を見れば、それだけで文字どおり“夢のような”価値を持った情報を取り出せる。
その後すぐにわかったことなんだが、ご丁寧なことに、ある製品情報が置かれているところには、必ずその情報に関する懇切丁寧な“マニュアル”が置かれていた。マニュアルだよ。それさえあれば誰でもそれが使えるんだ。使い方を考える必要すらない。またそれがよく出来たマニュアルでね、本当にわかりやすいんだ。我々人類にとって。
それまでは、何かの技術を開発するためには、たとえそれがなんであれ、長い時間と研究費という名目の金銭と、そしてそれに人生を賭ける人間がいたものだ。そして、それはその後に製品化という形での収穫があることを期待して投資されていた。
そう、研究なんて行為に投資されていたんだよ、その当時は。
しかし、あの薬の出現以降、話が変わった。
夢を見るのには金はかからない。あれ自体の合成は学生でも十分できるようなものでね。技術はいらない。量的にそれほどたくさん必要なものでもないから、大量生産してもあまり意味がない。そして、使えるテクノロジーが山のように夢の中に“眠って”いて、それをほとんど苦労ナシで取り出せるのだとしたら、一体誰が研究なんてしろものに金を出すかね。出すわけがない。もう使えるんだからな。使い方だってわかるんだから。やることといえば、あとはそれをいかに売りさばくのか、というところだけ。できるかできないかわからない、よりは、売れるか売れないか、の方がまだリスクが低いからね。
だから、今はもう研究室なんてところには金なんかどこにもないんだよ。君には当たり前に思えるのかもしれないけれど、当時の私には衝撃だったんだ。
それでも、私はまだあきらめなかった。
せめて、あの薬品がどのようにしてそうした特異的な夢を導くのか、どういった人間がそうした夢を見る特異性を持っているのか。そこさえ解明できれば、それなりに研究というものが可能になるはずだ。
その話については、乗り気になってくれた企業があった。効率よく夢に入り込めれば、もっと収益を上げることができるかもしれないからね。
私は実験を繰り返したよ。動物実験と、そして一部は人間に対しても。
その結果が謎だった。
何回同じ条件で繰り返しても、結果が一度として同じにならない。同じにならないどころか、得られる数値のオーダーがずれてくるんだよ。まったく同じ実験をしたつもりの結果が、1と1000と100000という具合にずれてくるのでは、話にならない。追試が成功しないんだ。誰がどんな単純な統制条件で行っても、次々と結果が変化していく。もろん時間軸との関連も調べられたよ。でも無関係だった。
そのうち私にはわかってきたんだ。
あれには巧妙なプロテクトがかけられている。
技術を調べようとする相手に対して、それが成功しないように、何かの仕組み
が働いているんだ。
あの薬、つまりD物質にしたところで、我々の目にはただの有機化合物にみえ
ているけれど、おそらく、実際には素粒子レベルではまったく別な姿を現してい
るのではないかと思う。表面上似ているだけで、おそらく本当は全然別のものな
のだ。ただ、変わっているとは見えないようにできているんだ。
そうしたプロテクトがかけられているのは、D物質だけじゃなかった。
夢の中から得られた技術製品を、動作原理を調べるために、一度組立てたもの
をもう一度構成要素に分解して見ようとしたら最後、その物体は二度と機能しな
くなった。笑ってしまうだろう。自分たちで組立てたはずのものが、一度分解す
ると二度と組立てることができないんだ。一体なんだっていうんだ。
それだけならまだいい。ひどいものになると、とんでもない爆発をおこすもの
もあったんだ。ちょっとした有機分子の構造を変えてみようといじってみたら、
その分子構造に連動した微小な空間構造が崩壊してエネルギーが放出され、あた
りには直径500mほどの大穴があいた。ひどいものだ。もう少し大きなものの解析
では、戦略核爆発クラスの事故も起きていた。そうなんだよ。世界地図のあの灰
色の半島には、ほんの20年前まで、独立国家があったんだ。
それ以降、テクノロジーの原理の追求はしないという風潮になった。ただ、そ
のまま使っているだけなら、安全に便利に使えていたのだから、それ以上のこと
をしなくてもいいじゃないか。そういうことになったのだ。国によっては法律で
明確に禁止してしまっているところもあるくらいだし、世界のどの国でも、ある
程度以上の年齢層の人々の意識の底には、今でもあの事故の恐ろしさや、
「テクノロジー」「研究」というものに対しての恐怖心が潜んでもいるのだ。表向
きは何もないことになっているけれどね。
知らなかったのかい。
そうだな、あまり知られてはいないし、そもそもそういうことなど、もう今と
なってはどうでもいい世の中じゃないか。
この二十数年間でこれまで我々が手に入れてきたテクノロジーは、おそらく自
分たちが実現しようとすれば数千年はかかったであろうものばかりだ。そして、
これらのテクノロジーを、人類は理解できないんだ。単に“使える”というだけ
のことでね。
しかし、それでもいいんだよ。便利に使えさえすれば。
僕が子供のころに知っていた世界はもうどこかになくなってしまったよ。
もう交通機関なんてものはなくなってしまっただろう。君は鉄道なんてものも
飛行機もロケットなんてものも、動いている実際の姿を知らないんだろうなあ。
ああ、昔は移動するするためにそのための「乗り物」というものがあったんだよ。
地上にはそのための大きな通路が縦横に走っていたし、空中すらそうした空間
軌道が網のようにあったんだ。
そうそう、ゲートだよ。ゲートがあればそんなものは何もいらない。今でも
この島のいたるところに廃墟があるけれど、あれだけの規模の社会的インフラが、
今となっては前時代の遺物だよ。除去するのに大変なことになってる。いや、
単に壊してしまうだけなら、それこそナノマシン分解装置で一晩で終ってしまう
作業だろうけれど、むしろそれらを作ったときの費用の回収や、社会の産業基盤
の再構築の目処が立たないことが障害になっていて、結局だれも手を出せないのさ。
あのときの経済的打撃は凄かったけどね。当時の産業は、基本的に人やモノの
“移動手段”を提供することに血道を上げていたから、それが一瞬のうちに全く
の無価値になってしまった。あれ以来、経済というものは、基本的に“どん底”
なんだそうだ。生活はとても便利になっているのに、不思議なものだね。
気候や地殻の制御なんて、昔はとても不可能だと思われていたものだし。こう
して君が壁に座るのに使っている局所重力制御だって、あの後に出てきた技術な
んだよ。未だに誰も原理がわからないけどね。大爆発事故以来、もう突き止めて
みようという人間もいないんじゃないかな。
君はもう知らないかもしれないけど、コンピュータなんてものも昔はあったん
だぜ。なにをするものかって、そうさなあ、今君が来ているその服の中に仕込ま
れているいろいろなものを、もっと無骨にしたようなものさ。知らないのか? 昔
は、服にはただの保温機能と外観を飾る役割をしていただけで、今の君の着てい
る服みたいに、知りたいことを教えてくれたり、君と一体化して衝撃から守って
くれたり、他の人と連絡をとってくれたりするようなものじゃなかったんだ。想
像ができないか、それはそうだ。産まれたときからこの世界にいるのでは、わけ
がわからないだろうな。コンピュータなんて、何をするためのものかさっぱり見
当がつかないだろう。
でもね、生活は変わっても、何故か人間はちっとも変わらず、人間の欲も変わ
らず、そこから派生する“経済”というものがあいかわらず私たちをがっちりと
捉えている。経済原則こそがすべてのベースであり、それに則らない行動は社会
にそぐわないものとされるんだ。
そう、文明が進んでも、無駄金を使うような余裕はないものだ。必要なところ
にこそ、お金は投資されるべきなのだ。
だから、いまさら基礎の原理研究などという“何も産み出さない行為”には資
金など与えられない。当然だ。
しかし、本当にそれでいいんだろうか。
僕たちはこれまでは、自力で文明の階段を昇ってきた。遅かっただろうが、そ
れでも数千年は自分の足で昇ってきていた。それが、この薬で、いきなりとんで
もない高さのところに押し上げられてしまった。これ以上の階段を上ることは、
おそらくもう無理だ。成長しながら自分の足で昇ってきたわけではないから、一
段が高すぎて、先に進めなくなってしまっている。巨大な崖に直面したようなも
のだ。でも、人類は誰も気にしていない。生活は変わり、便利になった。それで
良いのだと思っている。
それはそれでいい。
でも、私は直感しているんだ。
この話には、裏がある。
そもそもこの一連の仕掛けが何者によってなされたのかは私にはわからないけ
れど、マニュアルまで置いてあるのは、決して親切心ではないんだと私は思う。
あれは、明らかに悪意だ。我々をここで止まらせるための、罠だよ。
私は確信しているんだ。
いつかあの夢は尽きる。それも、近い将来に。
もう二度と、何も提供しなくなる。
そうなったら、人類は、ここから先に一歩も進めない。あの技術を使って、謎
の技術を謎の技術のまま使いつづけるかぎり、我々はここに閉じ込められたまま
になる。そして、その謎を解決するための努力は、もうなされない。なされよう
がない。
これまでも、お話としては、いろいろな形でオーバーテクノロジーが流入して
くる話はたくさんあったと思う。レーザーとか電磁波とか宇宙人とか、いろいろ
なメディアによって情報が流入してきて、人類がそれをどのように利用するのか、
というタイプの話だ。でも、こうした形で私たちが封じ込められてしまうとは、
そして、私たち自身の将来にわたる最大の武器である好奇心というものや、文字
どおり“夢と未来”というものが、ブラックボックス化したオーバーテクノロジーと、
自分達の欲から発生した経済原則によって縛られて、そして消失してしまうこと
を誰が予想しただろう。
だから、もう世界から探求心なんてものはなくなったんだ。あるのは、いかに
して夢の中から情報を拾ってくるのかという方法と(それだって、結局トリッパー
連中任せということなので、さしていい方法があるわけじゃないが)、そして
それをどうやって自分達の間で売りさばくのかという商売の方法だけなんだ。
何かの原理を突き止めたって、それがいまさら何の役に立つんだい。もうそれを
応用した完成品がここにあるというのに。
それでも、君があのD物質について、君なりに新しい考えをもって進んでいこ
うというのなら、私はもちろん止めない。ぜひ来てくれたまえ。
そうか、そこまでいうなら、うちに来てもらっていいよ。
ただし、金はないし、研究の進展も絶望的と来ている。研究という概念それ自
体も、人類の間では薄れつつある。
それでもいいんだな。
...そうか。君自身がトリッパーなのか。なるほど。それなら、ある程度攻め
る方法があるかもしれない。
それもそうだな。最悪の場合でも、希望というものだけは最期まで残るものだ
し、それにすがって前進しようとするのも、良くも悪くも、人間というものの性
だからね。
では、さっそく、今からはじめてみるかね?
私にできる限り、君にきちんと教えてみることにしよう。
今では滅びかけている、古く懐かしい、人類の好奇心の結晶...“科学”と呼
ばれていた、それを。
<完>
初出 静岡大学SF研究会浜松支部会誌「SFR vol.07 」2002.05
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