ジョナサン・マクレガー君は少々変わった子供で、8才で理論物理の本を読みはじめて12才のころにはすでに大学に入り、14才のころには早くも理論と実験の両方にからんだ物理学の学位を持っていたが、そのくせ16才になってもなぜかかたくなにサンタクロースの存在を信じていた。
自分のところに一向にサンタクロースが姿を表わさない理由、およびその日は世界中にサンタクロースが現れてプレゼントを配るという事実から推理して、彼は、おそらくサンタクロースは世界中に「遍在」しており、その存在は確率の霧のようなものであり、そしてその密度分布がたまたま自分のところだけは薄いのだろうと考えていた。
そこでジョナサン君は、何とかしてサンタクロースの確率密度を高めようと考えた。
彼は、近所に転がるあらゆるがらくたをかき集め、3日間ほど自分の部屋に閉じこもると、4日目には何やら得体の知れない機械を作り上げた。ジョナサン君の理論によると、それこそがまさにサンタクロース場確率密度誘導集積装置だということだった。動作原理はともかく、それを作動させれば半径数千キロの範囲のサンタクロースの密度のゆらぎを1点に集中し、装置の内部で最大化し、運がよければサンタクロースが肉眼で観察できるかもしれない、と語っていた。より一般向けには、要するにサンタクロースの霧を吸い取ってかき集めてきてしまうようなものだと思ってほしい、とも述べていた。
ただし、その装置は多量の電力を必要とし、またその素材の出所からして、部品の耐久性に問題があった。数回の部分別の試験的な作動を除いては、まず全力で2回は動かせないだろうとジョナサン君は語っていた。したがって、その装置の作動は、12月24日、午後11時47分32秒、つまり彼の試算によると、その装置の地球上での緯度経度などを含めた位置において周辺のサンタクロース確率密度が最大になるだろうという、まさにその瞬間をねらって1度だけスイッチが入れられることとなった。
さて、ダニエル・マクレガー君はジョナサン・マクレガー君の弟だったが、ある意味では兄よりも奇妙であると言えた。5才のころから哲学・論理学関連の文献をよみはじめ、7才のころには匿名で論文を投稿し、9才のころには大学に入っており、12才のころにはすでに倫理学と神学に関連した学位を取っていたが、14才になってもなぜかかたくなにサンタクロースの存在を信じていた。
自分がサンタクロースを実際には一度も見たことがないのにも関わらず、なぜかサンタクロースが現在の世の中に厳然として「存在する」ことを考えたダニエル君は、その理由を求めてサンタクロースに関連した資料を世界中から収集しはじめた。驚異的な収集能力の結果、数日後には、近所のオモチャ屋のサンタクロース人形から死海文書の複製にいたるまでの、トン単位で測定できる資料の小山ができ上がっていた。そうしてその莫大な資料をひたすら分類し、それが終わると様々な角度から分析しはじめた。
その結果ダニエル君は、サンタクロースというものが、おそらく論理的に「証明」できるのではないかと直感的に考えはじめた。そして、自分がサンタクロースを見たことがないのは、論理的に真であるか否かを厳密に突き詰めてこなかったために、本来であれば「見えるべきところ」に見えてこないのにちがいない、と反省をした。そして、その一方で、証明が完全であれば、そのときこそ「真の」サンタクロースの姿をこの目にとらえることができるのではないか、と考えはじめた。
そこでダニエル君は、両親に断りを入れて3日間ほど自分の部屋に閉じこもると、4日目には十数さつのノートをかかえて現れた。彼によると、そこにはこれまで集めた全資料から得られたすべての情報とそこから帰納・演繹されるあらゆる事柄が記号化され、サンタクロースを主題とする矛盾のない体系が作り上げられている、ということだった。さらに、そのサンタクロース系における一連の論理式は、これまで行われたサンタクロースの存在証明の中でもっとも確実なものであり、ここまでくれば神の存在証明ないしは非存在証明まであとわずかだろう、と非公式にではあったが述べていた。世界中の名のある哲学者や論理学者の誰も、この証明にあえて異義を唱えることはしなかった。
さらにダニエル君は、この証明結果を具体化させるための確実な方略として、この論理式をコード化して最新のコンピュータに叩き込んだ。さらにそのシミュレーション結果をジョナサン君の例の装置と連動させて、装置の動作精度を数桁高くすることに成功した。
さて、スティーブ・マクレガー君はダニエル・マクレガー君の弟であり、したがってジョナサン・マクレガー君の弟でもあったが、ある意味では兄2人よりも変わっていると言えた。5才になってもほとんど口をきかず、7才で算数ができずに学校を落第し、9才で書き方ができずにもう1度落第したが、当人はあまり気にしているようすもなかった。そうして、12才になってもサンタクロースの存在を信じていた。
彼はどんなときでもにこにこしており、雨が降っても風が吹いても嬉しそうだったが、晴れている時はさらにとてもきげんがよかった。兄2人が主として部屋の中にいることが多いのに対して、スティーブ君は寝る時と食事時以外はたいていあたりの青空の下をぶらぶら散歩しているのが好きだった。そうしてなぜか犬やねこ、鳥や魚と仲良くなるのがうまかった。
そんなスティーブ君だったが、やはり彼なりに考えていることもあった。おそらく兄たちが言うようにサンタクロースというものは実際にどこかにいるのであろうが、なぜそれが毎年プレゼントだけを置いて消えてしまうのか。お礼を言うために一度は会いたいと思って、去年は自分が寝ていたら起こしてくれという置き手紙まで書いたというのに、どうしてサンタクロースはその望みを叶えてくれないのか。姿だけでも一目見ようと、どんなに遅くまで起きていてもどうして自分は見ることができないのか、など、彼の悩みは彼なりに深かった。
そんなある日、両親にサンタクロースに持ってきてほしいプレゼントのリストを出すように言われたスティーブ君は、3日間ほど自分の部屋に閉じこもり、頭を働かせた。そして4日目に、たどたどしいスペルでしるされた一枚の紙切れを持って、決然とした表情で両親の元にやってきた。そこには一言「サンタクーロス」と書かれていた。両親は驚いたが、スティーブ君の一度でいいからサンタクロースを見たいと言う素朴な願いを聞いて納得したようだった。
ここで期せずして3兄弟の願いは一致し、サンタクロースの姿を一目見んと、クリスマスイブの夜中が待たれることとなった。
さて、イブの晩、3兄弟は晩餐を終えたあと一度は静かにベッドに入ったが、しばらくしてサンタクロース計画を許可してくれて、それでいてなぜだか早く寝てしまった両親を起こさないように動き始めた。そうして寒くない準備をしてから、例の装置がある物置へと向かった。装置は昼の間に兄2人が最終調整を終わり、いまや作動秒読み態勢に入っていた。装置はぼんやりした薄い青い光に包まれ、そこここからパリパリという小さな音を立てて放電を起こしていたが、この程度のエネルギー損失は誤差の範囲内であると兄たちは語っていた。
午後11時、そして11時半と時間は迫った。ジョナサン君の言うところのサンタクロース場密度が高まりはじめ、装置の音も激しさを増した。光は青ばかりではなく7色に変化しはじめ、装置の周辺は輝くばかりの神々しさに包まれた。さらにダニエル君の言うところのサンタクロース系の絶対真実性が加わり、みすぼらしい物置は古代の祭壇のごとき場違いな崇高さをも備えはじめた。時とともに音はますます強さを増し、光もそれに応じて輝きを増していった。
あと3分。
兄二人は最終調整に余念がなく、残った弟一人は何一つ見逃すものがないようにと先ほどから既にじっと装置中央のステージばかりを見つめ続けていた。
そうして2分を切り、残り時間1分となったところでついに兄達が装置を離れた。すべての準備を終え、もうあとは待つばかりとなったのだ。
残り30秒。光がいっそう強さを増したように見えた。
20秒。騒音が急速に断続的な高いうなりに変化していった。
10秒。さらに、中心部分にぱちぱちという火花が散り始めた。装置の負荷が計算通り限界に近くなっているらしく、兄二人は顔を見合わせて頷いた。
5、4、3、2、1、
やがて、ついにその瞬間がやってきた。輝きの頂点において、装置の中心に設けられたステージになにか不可解な霧のようなものがモヤモヤとたまりはじめた。3兄弟は一心に目をこらしてステージを眺めた。カウントダウンタイマーが0000を示し、霧がついに太った人の形を取ったかのように見えたと思えたその瞬間、真っ赤な炎が装置から吹き上がり、白い煙があたり一面を覆った。3兄弟はあわてて物置から撤退した。
しばらくして戻ってみると、装置は半分焼け焦げており、しゅうしゅう音を立てる怪しげなただのがらくたの山に戻っていた。ジョナサン君は、ひょっとすると、トナカイとそりの質量を計算に入れるべきだったか、と思いはじめ、ダニエル君は証明に用いた解の推定法を最尤法にするべきだったか、と考えはじめていた。しかし、その中でスティーブ君は大きな声ではっきりとこう言いはなった。
「やったぞ。見たぞ。サンタクロースが見えた!」
赤い服と白いひげを確かに見た、というのがスティーブ君の主張だった。赤い服は炎のような気もしていたし、白いひげは煙の見間違いではなかったかという気もしていたが、2人の兄はうそというものをついたことがないこの末の弟の言うことを信頼し、それでよしとした。そして、3兄弟は納得して部屋に戻り、ベッドに入った。
すると、ベッドの中になにかがあった。3人が各々とりだしてみると、そこにはサンタクロースから兄弟へのクリスマスプレゼントがおいてあった。サンタクロースは、おそらくあの装置の働きの成果によってであろう、ついさっきまでここに存在していたらしいのだった。ただ、現れた場所がわずかに計算から外れていて、あの場所には虚像が投影されたということにちがいなかった。
プレゼントの中身は、というと、兄2人へは両親からサンタクロースに伝えてくれるようにお願いしてあったものがそのまま届いており、末の弟には、ふだん彼があたりを散歩するのに使えるような手袋とマフラー、耳まで覆う厚い帽子が入っていた。それはスティーブ君がぼんやりと「あればいいなあ」と思っていたものであり、サンタクロースは存外いろいろなことをよく知っているようだった。
以上を総合して、ジョナサン・ダニエル・スティーブの3兄弟は、いろいろあったものの実験はほぼ成功したものとみなし、幸せな気分で眠りについた。
そうして兄2人は、兄弟の中で誰が一番サンタクロースに近かったのか、なんとなくわかったような気がしていた。
<完>
初出 Hotline??(1992?)
go upstairs