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静岡大学ゲーム研究会-online Archeive-

クソゲー概論-2004/06/04-

「ゲーム性」「自由度」「クソゲー」のニュアンス

クソゲーの語源

「クソゲー」という言葉は、みうらじゅんがファミコンの「ドラクエ」の抱き合わせで買わせられた「いっき」のあまりのつまらなさにいった言葉が語源とされて、

つまらない=クソゲー

という公式が成り立っています。しかしながらこの「つまらない」というのはみうらじゅんの主観であり、これを客観的な評価が必要な場にそのままもっていくことはできません。主観そのままでは、個人の嗜好にあわないもの、興味の湧かないものが全てクソゲーになってしまいます。

難易度とゲームバランス

ゲームの評価の項目のひとつに「難易度」というものがあります。しかしこの難易度というものは、人によって感覚が異なるものです。パズルが苦手な人にはパズルゲームは辛いものですし、普段シミュレーションゲームしかやっていない人にとって、アクションゲームは辛いものでしょう。ですので、一重に「難易度」が高いからといって、そのゲームが「クソゲー」ということにはならないでしょう。

ゲームバランスが悪くなければ、クソゲーではない

むしろ「難易度」よりも「ゲームバランス」のほうが大切だと思われます。どんなにゲームがプレイヤーにとって辛いものであっても、プレイヤーが「がんばろう!」と思える、努力に見合うようなご褒美があれば、プレイヤーはがんばってゲームを続けてくれます。ですので、プレイヤーのやる気が無くなる「クソゲー」は「ゲームバランス」が悪いゲームだと言えます。逆に言うと、「ゲームバランス」が悪くなければ「クソゲー」と言えないのかもしれません。

「クソゲー」と「バカゲー」の違い

「クソゲー」と「バカゲー」の違いは、天然と養殖の違いです。

クソゲー

製作者の意図しない観点で、プレイヤーに受けたゲーム。

バカゲー

製作者が自ら名乗るもの。プレイヤーが笑えるように、バカバカに頭悪いようなゲーム。
ゲームの評価はマイナスから始めなければならない。

バカゲーは馬鹿を名乗るぶんビハインド

「バカゲー」は馬鹿を名乗っているぶん、マイナス評価から始めなければならないと言うリードを周りのゲームに与えています。このマイナス評価を覆すために、ゲーム製作者はゲームシステムをしっかりと造りこむ必要があります。

クソゲーは隠された地雷

「クソゲー」は製作段階から意図されていないため、見た目だけで「クソゲー」とは分かりません。表を軽く触っただけではわからない落とし穴(地雷)が隠されている場合があります。簡単に分からないだけに、その地雷はかなり有毒な可能性が大きいです。

しかしながら、「バカゲー」の意味を勘違いしたゲーム製作会社は自身のゲームのできの悪さを「バカゲー」と称することで非難をかわそうとしました。しかしそれは間違いです。「バカゲー」と称するからには、開発コンセプトから「バカゲー」を目的にしなければなりません。結果的に変なゲームになったのは「バカ」ではなく「クソゲー」です。また、このように自身のゲーム(ゲーム中のシステムの)開発失敗を「バカゲー」の名の元に日に晒したゲーム会社の多さに辟易します。

クソゲー概論(ホワイトボード)