第一夜
気が付くと自分は鳥である。
生まれそこなったかと思う。前の世に何をしたものか、人間に成り変わることが出来なかったものと見える。手足をばたばたと動かしてみるが腕の先は羽であり何か物を掴むことなどできそうにない。妙に頼りない感覚で自分は不安になった。このぶんでは脚も鳥の脚にちがいないと思い、見ればなるほど鳥の脚である。自分は全く鳥に生まれついてしまったのだと思う。
横に妻がいる。自分と同じ鳥の妻である。とうとう鳥の浮世にまで関わっていたようである。もはや一家の主に なってしまったようだから、この状態を嘆いてばかりもいられないだろう。自分は宙に舞い仕事に出かけた。しかし、結果は思わしくない。虫なり蛇なりを捕らえるのはそれなりに修練が必要らしく、鳥になりたての自分にはさっぱりである。
帰って妻にそのことを言うと、妻はじきに上手になりますよという。そうかもしれないと考え、その後しばらくこれに精を出したが、やはり自分にはその道の才能がないらしかった。悲しくなりふさぎこんでいると、妻がやってきて言う。あなたはやはり人間でいるのが似合っているようなので人間に戻るとよろしい。また自分も淋しいのでいっしょに人間に戻ると言う。そんなことができるのかと聞くとできますと言う。そこで二人して千尋の谷に身を投げた。
長い時がたった。
自分の身体は谷底で細かくなり、やがて土に還った。そして木の根に吸い上げられ葉となり枝となり花となり実となった。葉は地に落ちてまた土に還り、実は動物に食べられ血となり肉となった。またそれらの生物が死に全てが土に還り、自分の身体はいろいろなものに変化しながら時とともに拡がっていった。風にのり水に溶け、薄く広くなりながら、しかし、なおかつ自分は依然としての世界の中に存在していた。
またどれくらいとも言えぬほどの長い時がすぎた。
ようやく自分は、偶然に偶然を重ねて人間になりかわることが出来た。しかし、妻の姿はなかった。自分は長い間待続けたが妻は現れようとしなかった。もしかすれば自分は妻に欺かれたのかもしれないと思い始めた。
また時を経て、とうとうもう人間でいられるのもあとわずかとなった。もうすぐ終わってしまうようにも思えた。自分は座って待っていたが妻は現れなかった。悲しくなり、ため息をつき自分は妻の名を呼んだ。するとどこからか返事が返ってくる。どこだろうと耳を済ませば、それは自分の体の中からであった。どうやらこの体は自分だけの体ではなかったらしかった。
ではこれまでずっと一緒にいたのだなと、その時初めて気が付いた。
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