第二夜
灯の下で本を読んでいる。
自分は板間に直に座りこみ乏しい灯の下で黙々と字を追っている。灯の回りに虫が飛び回っておりそれが本の上にちらちらと影を落としているが気にしてはいられない。どうやら悟らねばいかぬらしい。何のためなどと尋ねるのはそれこそ愚かしいことのようである。そこで自分は書物を片はしから読み、読みては考えまた考えては読みながら悟りへの道へ分け入ろうとした。
書物の中ではいろいろな人物が好き勝手にいろいろなことを説き、また他人の説を非難しまた弁護しにぎやかである。その説き方も一様でなくあの手この手を使いやれ弁証法哲学だ般若真経だやれ核の冬だ経済危機だとあらゆることを自分に納得させるように教え諭してくれる。同じ生物学的構造を持った人間がどうしてこうも多くの考えを持つのだろうと奇異に感じながら、自分はそれらを一つ一つ丹念に頭に入れては考えた。
いろいろなことを頭に入れて考えたがどうもよろしくない。いまだ悟りは彼方にあるようなこころもちである。時おりぼんやりと何かを感じることはあるがつかもうとするとあたかも霧のようである。それでいて。それもまた真の悟りからは遠く離れているように思える。自分は座り直し、灯のゆらめく様を見、虫があたりを飛び回るのを眺めて考え続けた。
一向に悟りはやってこなかった。自分の足は何も感じなくなり消えてしまったようである。眼は物を見ていても見ていないようである。腕が、腰が、胸が、やがて体の全てが消えてなくなったかに思える。自分はただそこに存在しているだけであった。もはや考えることすらもやめていた。だがまだ悟りはやってこなかった。
自分は長い間そこにそうしていた。
不意に自分は、何かを間違えたのではないかと思った。これまで行ってきたことは全て誤っているのだと気づいた。悟りとはそんなものではないのだなと自分が気づいたとたん、灯がゆらめいてふっと消えた。
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