第五夜




 部屋の中で音楽を聴いている。

 何をするでもなく、ただイスに腰をおろしてステレオから流れてくる音楽を聴いている。何の音楽なのだろうと疑問に思うが、音楽は音楽であり、それ以上の詳しい状況設定はないものと見える。耳をこらしてもよくわからない。ただ音楽を聴いている。

 しばらくして、ふと音量が大きすぎるかと気付く。ボリュームを少し絞る。耳が疲れているのかもしれないと思う。最近忙しかったのだろうという気がする。何に忙しかったのかはまだ定かではない。ただ概念だけが自分をかたちづくっている。別段不便も感じないのでこれでも構わないかもしれないと思う。

 またしばらくして、まだ音量が大きかったかと気付く。またさらにボリュームを絞る。それでもなおまたしばらくしたところ自分は音の大きさに耐えきれなくなり音量を下げた。奇妙であると思った。なぜこれほど大きく聴こえてしまうのか納得できない。装置が壊れているのだろうと思う。

 そんなことを数回繰り返した。とうとうボリュームつまみは0に近付いてゆく。自分はとうとう音楽を止めた。一瞬静寂が訪れたかにみえたがそうではない。音は実にいろいろなところから聴こえてくる。しばらくして自分はそれらの騒音に耐えきれなくなったため雨戸を閉め窓を閉めカーテンをおろした。

 どうやら故障しているのはステレオ装置ではなく自分の聴覚であるらしい。理由はわからないが耳が異様に敏感になっており、また現在もさらに感度を上げつつある。外の車の音や人の声、サイレンの音などはもちろん、家の中の雑音、つまり冷蔵庫の音やら水道のしたたり、あげくは蛍光灯の雑音までがやかましくてたまらない。全てを切り、また自分のたてる足音もたまらないので自分は布団に入り、耳に栓をして暗い部屋の中でじっとしていた。

 ようやく音は入って来なくなる。ほっとする。どうしてこんなになってしまうのだろう。音そのものでなく音の大きさというものを解釈する機構が、ループを作ってしまっているのか、そうしてどんなに小さい音も無制限に拡大されて内に投影されてしまうのか、それもまた概念の世界であり、実体はいずれもはっきりとしない。

 気が付くと、重い、低い音が聴こえてくる。どこだろう。何だろう。しだいに大きくなる。パルス状のどんどんという響き。頭の中に充満してゆく。何だろう。もう耐えられないほど大きくなってゆく。と、これは心臓の音ではないだろうかと思った。体の内からひびいてくるこれは、生きている限りは逃れようのない心臓のパルスであった。

 頭が割れそうに痛くなった。

 これは何かの罰なのかと思った。

 もう耐えられそうにないと自分は思った。

 生きている限りこの地獄は続くのかとも思った。

 そこで自分ははさみを持ち出すと、音をたてないよう、ゆっくりと心臓につき刺した。

 ようやく静寂が訪れた。





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