第六夜
自分はどこか街の中にいる。
歩いているとどこからか水が流れてくる。何かの工事でもやっているのかと思うとそうでもない。ただ水が一筋、わずかに高くなっているらしい自分の後方から、自分の足元を濡らして前方へと流れている。どこまで続いているのかもわからないほど長く、遠く、細く続いている。先はもう見えない。その細い一筋が午後の陽をちらちらと反射させ、金の糸が一本通っているように見えている。
暖かい日だと思う。自分の憶えている天気というのはいつもこうした晴れた、暖かい、春か秋かわからないぼんやりした日が多い。雨も、嵐も、いやなことは全て巧妙に忘却の淵に沈ませてしまい過去の自分は常に幸福である。また自分に限らずたいていの人々はその淵にいろいろなものを捨て去り自分にとって大切なものだけを選んで後生大事にかかえこみ、そして各々が幸福を手に入れている。なに、構わないではないかと思う。心の中で何をやってもそれは自由なのであろう。卑怯などと非難することは誰にもできないのだと思う。
しばらく歩いていると、その金の糸の幅がやや広がり、やがて帯のようになった。おやと思い下を見ながら歩いてゆくと、帯の幅はさらに広がり畳くらいの幅になり、またさらに広がってゆき、見るまに道いっぱいにあふれた。自分の足下にもとうとうと水が流れている。さらに歩き、ふと前を眺めやると、はるか一面は湖と化している。街は遠ざかるほど水面に近づいてゆき、ある一線を境に静かに水中に消えていた。その先にはおだやかな水面が波一つなく鏡のように広がっている。
自分は引き返した。そうして、高いところへ歩いていった。あたりはもうほとんど水のようであった。いちばん高いところらしいあたりに高い建物があったので、自分はその中に入って休んだ。しばらくして気がつくと足元に水がある。もうこんなところまできたのだなと思い、階段を一つ上った。しばらくするとまた水がのぼってくる。自分は階段をもう一つ上がった。
数えきれぬほど水はおしよせ、そのたびに自分は階段を一つづつ上がっていった。もうどのくらいのぼったのかわからぬ。とうとう上がる階段がなくなり、自分は頂上にぽつんと立った。相変わらず空には雲一つなく、太陽は中天に立ったままである。暖かく、自分は幸福なのかもしれなかった。しかしまわりは見渡す限り水であって、他には何も見えなかった。
ふと下を見た。
水の下では遠く、音もなく街が沈んでいる。そこに動くものがいる。何だろうとよく目を凝らすと、薄い陽に透かされて見えるそれは、何のことはない人間である。たくさんの人間が水の中にあって、いつもと同じように歩き回っている。水の有無などまるで気にしていない。淵の底に沈んでいったものは、自分には何の関わりもなく存在していた。あらゆるものを捨て幸福だけを得た自分は、実はあらゆるものから捨てられていた。
何も臆することはなかったのではないかと自分は気がついた。もう遅いのかもしれないとも思った。遠いどこかで、何か痛みのようなものを感じた。そして、それが何なのか、自分には決してわからないだろうという気もした。
水が胸まで上がってきた。
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