第八夜
あたり一面に雪が降っている。何の音もしない。音声を消したテレビを見ているようである。
白と灰色のだんだらの世界に奇妙にさまざまな色彩の服を着た人々が行き来している。輪郭は降る雪に隠されておぼろである。あまりに色が雑多なため全体としてぼんやりと灰色の世界に溶けこんでいて、個人として認識されることもない。ただ人々は黙々と各人の目的に従って灰色の世界を静かに移動してゆく、その総体が雑音のように認識されている。
自分は誰か友人と二人で、他の人々と同様に何かの目的に従って雪の中を歩いている。友人がこんな意味のことを言う。
「実際にこうあってほしいという場面を夢の中で体験したとしても、それが夢であると気づかないときにはやはり現実と同じように行動してしまうものだね。」
そうかもしれないと思う。夢であろうとなかろうと、自分を束縛する鎖はどこにでも存在するものだ。不意に今この世界が夢であると気づけば、自分はあらゆる拘束から解き放たれるのかといえばまたそうではなく、ふだん心の底に抑えつけられている何かもまた心の底に沈澱したままであるのだから。自分は臆病なのであり世界が真なのか偽なのかに関わりなく自分の保身だけを図っているのだから。
「だから君は卑怯なのだよ。」
友人がこともなげに言う。なぜ自分の思っていることがわかるのだろうと不思議に思うが、あたりまえなことかもしれないと思い口には出さない。
「そうだよ。あたりまえじゃないか。」
友人も言う。そうだろうと自分も思う。
だがそれがなぜ卑怯なのだろうかと思う。どう生きてゆこうとそれを決定するのは自分ではないかと思う。この世界の外に支配者が存在して、その内世界は全てその支配者の意志通りになるとでもいうのか。
「その通りだ。」
友人の声が妙に遠くから聞こえた。
「決定するのは君ではないのだ。なぜならこれは僕の夢であり、君は僕の夢の中に夢見られている人間だからだ。そしてまた僕も誰か他の人間に夢見られる存在であり、そしてその誰かもまた同じ運命を背負っているのだ。世界はこの無限の虚構の連鎖の中にかたちづくられ決して確固たる一点は存在しない。君の存在は本当に確かなのか、よく考えてみたまえ。」
風が強くうなった。ふと気づくと自分はただ一人雪の舞う中をあてどなく歩いている。雪と風はまた強さを増し、あたりは全く見えなくなっている。方向も、自分の存在も何もかもがわからなくなり、自分は白一色の世界に立ちすくむ。
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