intermission
嵐。
最下層領域での、ベクトル表示の群れ。意識要素の流れ。高速展開。
生成、発達、変質、分解、融合、消滅。とどまることのない変転。
深層から表層にかけての対流概念。質的変化。単なる存在の有無から記号へ、意味度の上昇、具体と抽象のグラデーション。
エントロピーの低下領域が多重次元表示上でフィードバックループを構成。明確な境界の存在しない、自意識領域の濃度分布。時間切片上での展開。展開軌跡のトレース。過去の意識変化を追う。関連した意識処理様相を各方向から投影。要素処理機構間の相互作用を同定、リアルタイムで確認。
クライアントの精神構造を仮想空間上に固定。振動が激しい。変動値群のトレースが甘い。位相がずれるが、このマシンではここまでで限界らしい。これ以上の精密な構成は、現状での支援システムには不可能。
オペレーションの最中である。
クライアントの精神構造体の内部に私は存在している。 私は心理技術者。コネクターを通じてクライアントの精神に直接アクセスし、精神的疾患の治療を行っている。
対精神電子機器の発達により、人間の心に対する直接的な接触が可能になった。脳の構造としてのニューロン、シナプスなどを変更することにより、心の疾患もまた外科手術と同じように治療可能なのだ。従来の、言語を媒介とした精神分析では不可能に近かった確実性、精密性をこの技術は実現していた。
その一方で、従来からの精神疾患以上の新たなる異常が、人間の精神に宿り始めている。それらがこの技術が現れたことからくるのか、それとも因果関係はないのか、定かではない。
人間の心は動的だ。あらゆる要素が同時に、相互に作用しあい上位の存在を生み出す。生じた上位存在の概念群もまた相互に作用し、さらなる上位概念を産出している。その概念はまた最下の階層に分岐し、果てのない連鎖を生じている。
終りも始まりもない事象のつながり。非論理の海の中の、論理の網。
修正という操作が、クライアントにとって本当にどういう意味を持つのか、私にはわからない。
私は本当に人間を幸せにしているのか。
疑念を心の片隅に抱きながら、今日も一人、私は霧と化し嵐の中に身を置いている。自らの精神をすり減らした、深い深い疲労が私を覆いつくしている。
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