KARTE 1


カウンセラー&クライアント





 私は、今、霧と化している。
 実体のない私は、形を変えながらうごめいている。手もない、足もない、顔も、何もない。ただ、私という意識が存在している。
 肉体はどこか遠くの世界で眠りについている。静かに横たわる体の中に、いま私はいない。現在のそれは、ただ私の形をとった有機体にすぎない。
 私は、いま「心」の中にいる。
 私の回りには、いろいろな事象が果てしなく複雑にからみ合っている。今の私は、全体が目であり、また耳であり、またそれ以外の感覚器官をすべて合わせたものに等しい。私そのものが周囲の情報と反応する。入ってきた情報は、私の内部で処理され、バックアップシステムのコンピューターを経由して再びフィードバックされる。そして、フィードバックされた結果が、再び私と反応する。この繰り返しで、私の周囲の複雑な情報は、次第に認知的整合性を増す。世界は見る者によってその姿を変えて行く。
 ゆっくりと、そして確実に。
 背後で、音もなく行われている莫大な計算が、私の意識の片隅をかすめる。人間の脳の活動状況をリアルタイムでシミュレートするバックアップマシンの、苦しい息づかいが聞こえる気がしてくる。

 私は、直接精神分析医。精神整形外科とも呼ばれている。正式には心理技術者の第二種と言う。一種というのが、自分は「外」にいたままで治療を行う技術、二種が私のように、自分自身が情報に還元されて直接心を治療する技術である。
 直接、という言葉については、多少の問題はあるのかもしれない。
 どのようにしたところで、人間の心を直接に操作などできるものではない。し かし、人間の心が脳の中に存在する物質に大きく依存する以上、脳自体を物質的 に操作することで、心の構成要素のどこかが変化する。
 そう信じていたからこそ、このシステムは出来上ったのだ。
 時代と共に、脳の恐ろしく複雑な仕組みは、ほんのわずかづつだったが、解明されていった。脳の生理的な実際の構造と、内部での情報処理、表面に現れる人間の心の動き。それらがお互いに結びつけられた。生理学、心理学、情報工学、精神医学、論理学、数学、言語学、哲学、その他あらゆる理論が、「人間の心」に収束していった。
 やがて、人間の心もまた、情報の一つの現れとして理論化され、、あらゆる人間の精神の働きは、その原因と結果とが結びつくようになった。精神病も、情報処理機構の変質という観点からとらえられ、論理式の上に現される現象の一つと化した。心がコンピューターで扱えるようになったのである。
 量子工学の技術が遠隔干渉計を生み出したときに、この直接精神分析技術もそ の副産物として生まれた。心の状態は数学的に記述できるものであり、コンピュー ターの内部で処理操作可能なものである。それに対応して、脳の内部を直接に操 作する、たとえばシナプスを改変する、生理活性物質の代謝を直接に促す、記憶 の仕組みを分子レベルで操作するなどの操作により、従来の精神治療技術とは別次元の心の治療技術が可能性が示された。
 今では、従来の精神治療技術をのみ込んだ形で発達を続けている。確実性とい う点では、外科手術となんら変わることはない。しかも、従来、器質的な障害を 持っていたダウン症、微細脳障害、その他の精神的障害も、この直接治療により、 根本的に治療可能となった。脳内のシナプスパターンの改変、補正システムの合 成などにより、器質的な修正ができるのだ。これにより、すべての精神的疾患は 存在しなくなるかに見えた。
 だが、現実は、予測とは異なる方向へ進んでいる。
 その治療の裏をかいたような、複雑な精神的な変化が、後から後から現れたのだ。
 人間の心とは、果たしてなんなのだろう。
 かつて、人間がその存在の基本としてみずからを認識していたその根本は「心」であった。実際には、心は常に変化している不定型の存在であって、また現在では操作によっても変わり得る。それによって人間の在り方は根底から変化する。心すら絶対的な指標になり得なくなったとき、何をもって人間とするのか。人間であるとはどういうことなのか。
 未だに答えは出ない。答えがあるのかすら、私にはわからない。

 いま、クライアントの頭部は、筒状の物体の中にある。筒の回りには、不思議な形をした機械が取り囲み、そこからまたたくさんのコードが天井のレールに沿って遠くまで延びている。筒の回りの機器類は、量子分析装置や、遠隔干渉計、微細パワージェネレーター、その他。脳の内部の三次元的な動きを非侵入状態で計測し、逆に、外部からの情報を直接に脳の内部に送り込む。三次元座標を厳密に測定し、三方向から微妙な「力の場」を構成、制御することで、巨大分子レベルの大きさのものを、操作することができる。もっとも、ハードウェアが変更されたことが、意識面の変化にどう投影されるのかは別の問題だ。そのために、私は自分の意識を二分割、あるいはそれ以上に細分し、心のいろいろな面を同時にモニターしている。
 このクライアントは、心の深くに、現在の行動を強く抑制する記憶があり、それが現在の生活に影響を与えている。それを取り除くという、記憶改変のオペレーションであった。それが何であるのか、本人にもわかっていない。いや、無意識の防衛機制によって、記憶検索の網から遠ざけられているのだろう。
 私は、すでに様々なサンプルデータを、このクライアントの内部に流し、その反応を見ていた。何かの動物に対する反応を、表面上で押さえているような傾向がみられる。何だろうか。さらに細かく分析してゆく。
 大きな口、吠える声、恐怖感、犬のようだ。
 犬というものについての記憶事象を完全に取り除いてしまうことには問題があった。時間もかかり過ぎるし、それほど大きな穴を開けてしまっては、後からその穴を埋めるのにも苦労する。この程度の記憶オペレーションでは、意味ネットワークを改変して、記憶とその意味するものの関係を、矛盾を感じさせないほどのごまかしで変化させてしまう手がよく使われる。このクライアントの場合には、犬というものと、恐怖感とが結びつかなければよいのだ。意味のつながりを変更すればなんら問題はない。
 私は、モードを意味事象に変更し、問題の領域をスキャンしてみた。
 現在の行動を規定している要因を、直接、記憶部位である側頭葉から呼び出す。連合野から各感覚領域へとリバースさせ、繰り返し反応を見る。いくつかの事象で、見るべき反応がある。その意味記憶からの連想の拡散が、負の要因を伴っているらしく、停滞してしまう。意識下の拒絶反応を見せている。一次領から分岐する海馬方面への記憶回路のラインは遮断しているために、このテスト結果自身が記憶され、負要因を増加させることは避けられている。
 標準サンプルデータを流し、付帯情報を解析する。意味ネットワークの組み立てを同定する。ネットワークモデルをシミュレーターの内部で再構成する。その中で、負要因と化している要素の隔離、部分的な抹消を、情報要素間のポテンシャル、方向ベクトル、距離  これらは物理科学で用いられる意味とはだいぶかけはなれているが  などを組み入れた上で計算し、高速でシミュレートする。
 手順が一通り決定した。流れ図が示される。問題はない。およそ二時間ほどで終わる。オペレーションが始まる。
 前言語モードでの投射を行う。改変のための情報信号を視聴覚信号として送り込み、一次感覚領に投影する。そのまま直接に連合野に意味記憶を叩き込むこともできるのだろうが、生体情報処理と同じ手順を使ったほうが危険が少ない。二次領域である第22野へのブロック投射が行われる。一次野から分岐している記憶回路への移送を確認、固定する。さらに、そこから連合野への投射がある。
 イメージモードには、それまでの要素に新たな要素が加わり、その新しい要素が、以前からの負の要因を押さえ込んでゆくのが映る。
 その改変によって生じた周囲の意味領域との断層を、補正項を加えることで修正してゆく。矛盾を感じさせない程度にごまかすことができる。
 こうした修正量が、情報量にして100億情報単位ほど存在する。あまりの速さに、支援コンピューターが私の速度に追従することができないときもある。人間の情報処理能力を、最大限に生かした、いや、むしろ限界まで絞り出す作業である。オペレーションの最中の私は、ある意味では、人間以外の存在になり変わっているのかもしれない。
 二時間が過ぎる。オペレーション終了のサインが出る。
 いつもの事とはいえ、恐ろしい疲労だ。心を酷使して、隅々まで使い果たしている。意識は支援コンピューターからの賦活インパルスによって、かろうじて保たれている。 この疲れに対する恐怖が私の内部に蓄積し、それによってオペレーションの効率が鈍っていることも多い。数週間に一度は、意識の修正を行ってゆかないと、真っ先に発狂しかねないのは他でもない私自身だ。消しても消しきれないほどの心の疲れが、歪みとなって私を押しつぶしてゆくような気がしてならない。そして、それは、そう遠くない未来なのかもしれない。
 クライアントの様子をモニターしながら、覚醒する。
 一人の人間の心の改変作業が終了した。クライアントは、今後、得体の知れない恐怖に悩まされることなくして生活できる。オペをうける以前の不安気な顔が、自身に満ちた表情に変わる様子が手にとるように想像できる。私はクライアントの素質が表面に現れるように、障害を取り除いたにすぎない。それだけのことだ。
 ここで、常に私を悩ませる疑問が存在する。
 人間が人間たるそのゆえんは記憶に負っている。過去というものの積み重ねの上に、ようやく人間は現在の自分を定義することができるのだ。海馬を破壊されてしまった前向健忘症の人間ですら、破壊以前の記憶事象にもとずいて自らを理解することができる。人間は良きにつけ、悪しきにつけ、記憶と不可分の存在である。
 では、人間が記憶によって人間たり得るとするならば、私が行っている記憶の改変作業は、人間を作っているのだろうか、それとも破壊しているのだろうか。
 私自身もまた、この職業につくために、自分自身で心を改変してきている。それ以前の自分自身の心に、一体どんな特性があったのか、わからないのだ。この職業につくために、自分自身を情報処理機構の一部となすために、私は何を失い、その代わりに何を手にいれたのか。いまさら考える必要のないことだろうかとも思う。すでに私は、こうなってしまったのだから。戻ることは出来そうにない。
 何事もなく、クライアントを送り出す。どことない不安の影は、もう見られない。晴れやかな顔に、一人の人間が、まったく変化してしまったことに、私は改めて疑問をいだく。
 だが、のんびり悩んでいる暇はない。次のクライアントが、すでにオペレーションの準備に入っている。カルテ確認、チェック開始。分裂病の初期、離人症の様相、オペ二回目、全四回に分けて治療の予定。本日の予定オペタイム、3時間11分49秒。
 私は再びセッティングを行う。心は重い。
 14段階にわたるシステム健常性の確認と、クライアントシステム間の整合性の 擦り合わせが終わる。定常的に出ているエラーが7つ。ワーニングが13。いず れにせよ、オペには問題なしとみなして進行。
 致命的エラーこそないものの、相変わらずシステムの調子は良いとはいえない。
しかし,全てを確認している余裕はない。常にないのだ。振り返る時間など与え られない.転びながら走り続けるしかない.行き着けるところまで.まるで,何 かから逃げるかのように.
 最終チェック終了。
 Sysem All Clear, OK?
「OK.」
 Now We GO.
「We GO」
 シグナル、レッドからブルーへ。
 オペレーション スタート。
 意識が拡散してゆく。
 もう、何も見えない。


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